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119 風邪

「う~ん…相場ってどれぐらいなのかなぁ」


「さっきから何をブツブツ言ってんの?…ケホ…」

「勝也がベース弾くってなった時、ギャラってどれぐらいなんだろ」


「…なんだそんな事か…。ゴホ…別にいくらでもいーじゃん」

「そういう訳にはいかないよ。『いくらぐらいで弾いてくれる?』って聞かれた時に困るもん」


「別にお前の会社がやってける…ゴホ…経費ぐらい出ればいいんじゃねぇの?」

「会社だけやってけたって意味無いよ。勝也のお給料とかもいるし」


「俺は別にいいよ…ケホケホ…今まで別々だった財布が一つになるだけだろ」


「…そういう意味じゃなくて…」


 優奈の悩みは徐々に深いところまで進んでいた。


涼子達に言われて気づいたことだが、勝也が仕事としてベースを弾くようになればおそらく今まで以上に話は来るだろう。

だが普通のスタジオミュージシャンとは違い勝也の仕事の受け方として、こっちの提供する音やフレーズでいいのならという聞きようによっては上から目線の条件になる。

こちらからベーシストとして売り込むつもりは無いのだがどう応対すればいいものか…。


テーブルにノートを広げて色々書き込む優奈。

起業への勉強を始めて以来ずっと書き溜めてきたノートもすでに4冊目になった。

ノートパソコンや本、スマホを駆使して色々調べながら


「ねーねーこれってさぁ」


勝也に問いかけても返事がない。

ふとノートから目を離してみるといつの間にか勝也は優奈のヒザ枕でスヤスヤ眠ってしまっていた。


「ありゃ…」


時計を見るともう結構な時間で


「あ~、またやっちゃった」


ここ最近また準備や調べ物に追われて自分だけの世界に閉じこもってしまっている事が増えてきた。

それでも文句一つ言わない勝也に申し訳ない気持ちもあるが、ブランカを復活させることは出来ないまでもせめてベースを弾く環境を作ってあげたいという気持ちが優奈を動かしていた。


今日は泊まれる日ではないため勝也を揺り起こしてみるが、深い眠りについている勝也は起きてくれない。

仕方なくソローッと頭を持ち上げ代わりにクッションを枕にして毛布を掛けそのまま寝かせることにした。


風邪をひきやすい勝也に万全の状態を作ってからカバンを持ってアパートを出る。


「なぁんか寂しいなぁ…」


自分が勝也をほったらかしてしまっているのが原因なのは分かっている。

今はそれに耐えるしかないと自分に言い聞かせてはいるが…


 翌朝、学校の用意をしてアパートへ起こしに行くと


「おは……あれ?起きてる」


「…おはよぉ…」


完全に鼻声である。


「え?昨日ちゃんと毛布かけて…」

「…起きたら無かった…ゲホッ!…ゴホゴホ…」


「ちょっとぉ、キツめのヤツじゃん!」

「俺今日ムリ……ゲホッ!…休む……」


「ちょっと病院行こ。あたしも休むから」

「お前は行け…寝てりゃ治る」


「あたしがちゃんと起こしてベッドで寝かせなかったから…」

「俺が寝ちまったからだってば…ゴホゴホ…いいからお前は行け」


そういうとフラフラの足で寝室へ行こうと立ち上がろうとする。


「熱は?」


勝也のおでこに自分のおでこをくっつけてみると


「ちょっと!すっごい熱じゃんっ!!」


よく見ると首から下にもの凄い汗をかいているのが見える。


「…いーから…お前は…ゲホッ…行ってこい…」


「とりあえず寝室行くよ」


キッとした目つきに変わると勝也に肩を貸し寝室へ向かう。


倒れ込むようにベッドに転がる勝也の服を全部脱がせて着替えさせそのまま布団に入らせた。

冷蔵庫から冷えピタを出してきておでこに貼りながら寝顔を見つめると、息は少し荒く辛そうに見える。


みさに電話して2人とも休む事を伝え、汗だくになった勝也の服を洗濯機に入れた。

そして勝也にかけていたはずの毛布を畳んでからまた寝室に戻ると…


「……えっ?ちょっと……勝也っ!!」


さっきよりも呼吸が荒くなり、完全に口で息をしている。

顔は紅潮して眉間にシワを寄せていた。


(これって…ヤバい!)


迷わず救急車を呼んだ。

10分も経たないうちにサイレンが聞こえた。

救急隊員に状況を説明するとストレッチャーに乗せられて搬送された。

優奈も同乗して病院に向かう途中、記憶を必死に辿る。


そういえばここ2日ほど少し鼻声だったかもしれない。

いつもなら食べきる量の夕飯を残していたかもしれない。

昨日…普段からうたた寝する事はしょっちゅうだが、優奈のヒザに自分から頭を乗せてくる時は大抵体調の悪い時だ。そして咳も出ていた。


どうして気づかなかったのか。

いくら起業のための準備に夢中だったとはいえ一緒にいたのに。


いつもなら風邪の症状が出始める前に察知することもある。

こんな寝方をすれば風邪をひくというボーダーラインさえも分かる。

今思えば昨日、ひきかけの一番微妙な時にカーペット一枚の床にそのまま寝かせ毛布一枚かけただけで帰ってしまった。


後悔だけが頭の中を支配する中救急車が病院に到着する。

ストレッチャーごと搬送された勝也はそのまま処置室に消えていった。


どれほど待っただろう。

椅子に座ってうつむいたままの優奈の前に人の気配がした。


フッと顔を上げると


「緊急搬送された男性の付き添いの方ですか?」


「あ…はい!」

「先生から説明がありますので中へお入りください」


恐る恐るその部屋へ入る。

ストレッチャーに乗ったまま横たわる勝也の腕には点滴が刺され、口には酸素マスクがつけられていた。


「……っっっ!!!」


酸素マスクを見て重症だと思った。

すぐにでも駆け寄りたい衝動を抑え医師の元へと歩み寄る。


「えっとねぇ…とりあえず肺炎の一歩手前だね。もう少し遅かったらちょっとヤバかったかも。前兆は無かったかな?」


「あ、えっと…風邪っぽいような感じはあったような…」


「だろうね。相当喉にも炎症があるし、昨日あたりはよっぽど辛かったんじゃないかな。とりあえず酸素入れてるから呼吸は楽になってると思うけど…ちょっと2~3日泊まってってもらう事になるよ」


「あ…はい。お願いします」


「疲れもたまってるようだから少し休んだ方がいいかな。じゃあ病室の方に連れてって~」


看護師に指示すると医師は去っていった。


すぐに勝也のそばに駆け寄ると、医師の言った通り呼吸はいつも通りの静かな寝息になっていた。


看護師と共に病室へ向かう途中


「ご家族の方に連絡は取れますか?」


「あ、はい。取れますが…ご家族は遠方に住んでおられて彼は一人暮らしなんです。連絡は私の方からしておきますが、保険証もありますし入院の用意も私がして来ます。家族代理という事でダメですか?」


「あ、それなら大丈夫です」


病室へ入ると、まだ目を覚ましていないため一旦ベッドを除けてストレッチャーのまま寝かされることになった。


勝也の入院は2度目だが前回の手術の時のように前もって準備をしてきた訳ではなく救急車で搬送という突然の入院に、何の用意もしていない。


椅子を持ってきてベッドの横に座る。

静かな寝息を立てている勝也の顔をじっと見つめていると涙が出てきた。


自分が調べものなどに夢中にならず目の前にいる勝也の様子に気づいていればこんな事にはならなかった。

勝也に思いきりベースを弾かせてあげたいという想いだけが先走り、2人の時間を大事にしようと約束した事も忘れてしまっていた。


自分のせいだ…。

そんな後悔だけがどんどん頭の中に渦巻いていく。


すると


「…ん~~………ん?」

「……あ……」


「あれ?…ゲホ…ゴホ…ん?」


まっすぐ上を向いたままキョトンとし、そして自分の鼻と口を覆っている酸素マスクに気づくとそれを外そうとし始める。


「ちょっと!取っちゃダメ!」


「え?…あ…優奈……」


外しかけたゴムのバンドを優奈がまた元通りに直し


「肺炎の一歩手前だって。よっぽど辛かっただろって…」

「ん…病院?」


まだ状況を把握できていない。

マスクのせいで呼吸は楽そうだが会話はしにくそうだ。


「風邪だってわかってたんでしょ…なんで言ってくれなかったの?」

「別に風邪ぐらいで…」


「勝也は普通の風邪だって長くかかるじゃん」

「そうだけど、お前忙しそうだったし」


やはり気を使ってくれていた。

だがその気遣いは優奈が招いた結果でもある。


「…ごめんね」

「何が」


「あたしがもっとちゃんと気を付けてればこんな事に…」

「なんでお前が謝るんだ?風邪ひいたのは俺のせいだろ」


「だってこんなにヒドくなるまで気づかないなんて…あたし最低だ…」

「お前は俺の為にあんなに一生懸命頑張ってくれてた。だから自分の事は自分で…」


「勝也の事はあたしがするの!そのために頑張ってたつもりだったけど…目の前にいる勝也が見えてなかったんだもん…」


「はぁ?俺だって自分の事ぐらい…」

「出来てなかったからこんなにヒドくなるまで黙ってたんでしょ?」


「…ふん……」


今朝の辛そうな勝也の姿が頭から離れない。

そして


「2~3日入院って言われたから一回帰って着替えとか保険証とか取ってくるね」


「お前、学校は…」

「余計な事考えないで黙って寝てなさい」


「…はい……」


アパートへ向かう途中ずっと考えていた。

医者は「よっぽど辛かったはずだ」と言った。

なのに自分が調べものに夢中になっていたせいで、辛かったはずの勝也に気づけなかった。


アパートで入院の用意をし、勝也の母に電話をかけて状況を説明する。


「私がしっかり見ます。2~3日程度の入院という事ですので安心してください」


と、わざわざ足を運ぶほどではない事を説明した。

そして自分も制服から私服に着替えるとまた病院へと戻る。


受付で保険証を出し、入院の手続きを済ませると病室へ向かった。


優奈がいない間にストレッチャーからベッドへと交換されていて、幾分ゆったりと横になっている勝也。


「ただいまー」

「…おう」


「ねー、ここって付き添いとかって泊まったりできないのかなぁ?」


「子供じゃないんだから無理だろ…っていうか付き添いとかいらねぇよ」

「だってぇ…」


それから前回のようにテキパキと荷物を開けて配置する。

そしてまた椅子に腰かけると


「ねぇ…会社つくるのもうちょっと先になってもいい?」

「別にそれは俺が決める事じゃ…っていうかどした?」


「ん~?やっぱあたしがちゃんと見てないとダメな人じゃん、勝也って」


「…ふん……」


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