118 B.F.R
夢のような温泉旅行から戻った翌週末、お土産を渡すために集合を掛けた。
場所はいつもの居酒屋で、続々と全員が集まってくれた。
「いーなー温泉かぁ」
「わざわざお土産とか気ぃ使わなくてよかったのに」
「飲み会開く口実ですよ」
「ありがとー!」
「2人っきりって事は夜も遠慮なく頑張っ……」
いつものように涼子とみぃの平手が平蔵の頭に炸裂する。
「そういえばFINALの後みんなで温泉行こーって言ってたのに結局実現しなかったねぇ」
「Banがとっとと仙台行っちまったしなぁ」
「あ、俺のせいにしやがる」
「そういえばその旅館の仲居さんっていうの?その人がブランカのファンだったっつって色々良くしてくれたよ」
「はあぁぁ??どっか違うブランカの間違いじゃねぇの」
「間違いじゃなかったですよ、勝也見てテンション上がってたし」
「物好きな人もいるもんだ」
「…相変わらず自覚の無さは健在だねぇ」
やはりこのメンバーの集まりはとてつもなく楽しかった。
「今度はみんなと一緒に来るって言っちゃったからみんなで行こー」
「そうだね。あの時はなんかお別れ遠足みたいなノリだったけど今度は泊りがけの飲み会って感じ?」
久しぶりの全員集合だったがこのメンツは空いた空白を一瞬で埋めてくれる。
「平蔵さん、また髪にマヨネーズついてる~」
「えっ?」
「もぉぉ!なんでアンタはいっつもマヨネーズばっかりつけんのよぉぉ!!」
「俺だって知らねぇよ!向こうがくっついてくんだもん…」
これがあの伝説のバンドのメンバーだとは誰一人気づかないだろう。
大爆笑の中、宴はどんどん過ぎていった。
女子は女子だけで話が盛り上がっていた矢先、優奈が突然
「あ!そうだ。あたしもうすぐ会社作るの」
「は…会社?」
「え、ひょっとして前にあたしに色々聞いて来てたやつ?」
「うん、そう」
「何する会社なの?」
「えっとねぇ…勝也がベース弾く場所を作る会社」
「……へ?」
「なんて言えばいいかなぁ…えっと、簡単に言えば勝也にベース弾いてほしいって言ってくれる人がいたらその受け口とかそういうの全部あたしがやるの。勝也は弾くだけって感じ」
「アンタそれって…プロダクションじゃないの?」
「あ、そうとも言うのかな」
「そうとしか言わないっ!!」
男連中はギャーギャー盛り上がる中
「まったくこの子はとんでもない事考えるねぇ」
「だってぇ…このままだったらいつまで経っても動かなさそうだし」
「しかしいくら惚れた男のためとはいえ会社まで作るかぁ」
「アンタその『勝也大好き病』なんとかならないの?」
「ならないよぉ…自分でも困る時あるもん」
「好きにもほどがあるよね」
みんなで冷かしながらも『樹』とは真逆で最大の愛情を勝也に向け続ける優奈に安心感を覚えていた。
「でも仕事が来るかどうかはまだわかんないからそこだけ不安」
「……は?」
「だってあたしそんなツテ全然無いし…」
「…本気で言ってんの?」
「あんた自分の彼氏を誰だと思ってんのよ」
「……え?」
キョトンとした表情の優奈。
すると涼子が小さくため息をつきながら
「ブレイズだってBeastRushだって…勝也が自分で売り込んだとでも思ってる?あんな有名なバンドが知り合いでもなんでもないのに向こうから声かけてくるんだよ。あんた、あいつの知名度まだ分かってないの?」
「……あっ……」
迂闊だった。
会社を興すための手続きや知識は死に物狂いで勉強したものの、仕事自体は時折舞い込んでくる程度だと思っていた。
もし仕事の依頼が無くても2人でバイトを続ければいいと安易に考えていたのだが…
「確かにこの業界じゃブランカのメンバーはみんなそこそこ顔は知られてる。でもアンタの彼氏はその中でも別格だって事は覚えとかないと」
目の前でくだらない話で涙を流すほどに大笑いしている仲良し6人。
確かにここに溶け込んでからは普通に居心地よく感じていたものの、考えてみれば彼らはあの伝説のバンド『ブランカ』だった男達なのだった。
「気安くどんどん仕事受けてたら学校なんて行ってられなくなるんじゃない?」
「…ど…どうしよ……」
大手のプロダクションやミュージシャン専門の事務所なら面倒は見れるかもしれない。
だが今から興そうとしている素人1人が運営する会社で、果たしてこの男を生かしきれるのだろうか。
今までには無かった不安が生まれた。
「でも…それでもどうしても何とかしないと…」
「なんでそんなに急ぐのよ。卒業してからでもいいんじゃないの?」
「温泉行った時ね…勝也から初めて聞いたの。本当は今でもブランカがやりたいんだって」
「え……平蔵も…だよ?」
「Banクンも……」
「Syouもこの前、独り言みたいに言ってた」
「……え?」
彼女達が彼らの方を見た。
こうして大笑いして盛り上がっていながらも心の中ではあの眩しすぎる想い出を忘れられていないようだ。
「ひと言誰かが言い出したら済む話なのに…ホントにバカばっかり」
その日の帰り道、2人で電車に乗っている時
「ねー、この前みたいなレコーディングの話ってまだ来たりしてるの?」
「ん~?あぁたまに留守電とか入ってるな。携帯は教えてねぇからかかってくんのは家電だけだし」
「電話かけなおしたりとかは?」
「してないよ」
「会社用にもういっこ携帯買うつもりだから今度からそっちにしないとね」
「あ、そっか」
それからしばらくして
「あのね、やっぱ一応契約書みたいのは必要なんだって。会社として正式な契約したって証拠に」
「ふーん…お前が書いといてくれればいーじゃん」
「直筆じゃないとダメなの!」
「そーなんだ」
やはり勝也はBFRに所属するという事をそれほど重大には考えていないようだ。
電車を降りてアパートまでの途中
「ねぇ、ホントにいいの?あたしに任せて…」
「なんだよ今更。お前が言い出したんだろ」
「そうだけど…あたしみたいな素人で不安じゃない?」
「素人とか玄人とか関係ないよ、俺は仕事に関しちゃお前のいう事しか聞かない。それに俺の扱い方って考えりゃお前以上のプロはいねぇだろ」
「そっか…そうだよね!!」
勝也の言葉で幾分気が楽になった。
繋いでいた手を離してギュッとしがみつくように腕を組むと
「どれぐらい仕事来るのかわかんないけど、なんか希望とかある?」
「希望って?」
「こんな仕事イヤだとかこんなジャンルは弾きたくないとか」
「別にお前に言われりゃどんなのでも弾くよ。…あ…でも…」
「ん、なになに?」
「やっぱ高校は最後まで行きたいかな」
やはり勝也も仕事量が増えるという予感はしているようで
「うん、じゃあ卒業までは土日限定だね」
「あぁ。…あともう一つ」
「なぁに?」
「お前と過ごす時間だけは絶対作って欲しい」
この男のこういうところが『勝也大好き病』をどんどん重症化させていくのだった。




