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116 温泉 ③

 気づくと指定された夕飯時刻ギリギリで、慌てて宿に戻る。


一旦部屋に戻ってから食事処へ向かい名前を告げると、奥の方の庭園に面した窓際に案内された。

すでにそこそこ並んでいる夕食を見て


「これが2人分?」

「絶対食べきれないって…」


2人で座るには少し大きすぎるテーブルに目一杯の豪華な料理。

そして席に座るとまだ続々と刺身や一人前用の鍋などが置かれていく。


「あんなに食べなきゃよかったぁ…」

「だから言ったじゃねぇかよ」


鍋の固形燃料に火がつけられた頃、あの部屋へと案内してくれた仲居がやってきた。


「良かったら召し上がってください」


今並んでいるだけでも凄い量なのにまだアワビや伊勢海老などがのった大きめの皿をサービスで出してくれた。


「うわ…なんかすいません、ありがとうございます」


「いえ、数ある中からウチの旅館に来ていただけたのが嬉しかったんです。まさか直接お話しさせていただける日がくるなんて夢みたいで」


「ありがとうございます」


「お酒飲まれますか?」

「え…いいんですか?未成年ですけど」


「大丈夫ですよ」


「じゃあ彼にはビールと…あたしはレモンサワーください」


それから2人で乾杯し、大量の豪華な夕飯を食べ始める。


「おいしー!お腹いっぱいだったのに食べれちゃう」

「な」


見た事の無いような料理を次々と食べて少し落ち着いた頃にふと優奈が視線を上げると、勝也は庭園を眺めていた。


「お腹膨れてきちゃった?」

「ん…まぁそれもあるけど」


「けど?」


「なんかこんな世界もあるんだなぁと思ってさ。自分達でこんなトコ来ようと思ったって何年先になるのか…ひょっとしたら一生来れないかもしれないし」


「確かにいくらかかるのか想像もつかないよね」

「でも俺とお前が一緒にいたからこんな夢みたいな事が起きてるんだもんな」


「そう考えたら神様がくれたご褒美みたいなモンじゃない?『よく出逢ってよくくっついた!』って」


「…お前のそういう考え方好きかも」


もう限界なほどお腹いっぱいになった。

なんとか全部食べきれたところで


「あ、すいません。あの…ここ案内してくれた女性の方っておられますか」

「澤田ですか?少々お待ちください」


しばらくすると澤田がやってくる。


「お呼びですか~?」

「あ、ご馳走様でした。すごく美味しかったです」


「良かったです~」

「色々良くしていただいて…ありがとうございました」

「いえいえ、あの街で何回もいいライブ見せていただいた御礼です」


「いつかブランカのみんな連れて来ますね」

「えええ~~?!気絶するかもしれませんけど…ぜひいらしてください(笑)」


丁寧に御礼を言って食事処を後にする。


この宿は貸切の露天風呂もあるらしく、予約制ではないためタイミングが良ければ入れると澤田が教えてくれた。

部屋に戻ってくると


「あ~!もうムリ~…もう何にも入らない」


はち切れそうなほどお腹いっぱいになりお酒も飲んだとあって優奈はダブルベッドに大の字に寝転がる。


「もう食べ物はいーだろ」


するとムクッと起き上がり


「甘いモノ食べたいっ!!」


「………は?」

「ちょっとだけ屋台行こ!」


「待て待て!たった今何にも入らないって…」

「ちょっと歩けば入るっ!!」


「マジかよ…」


腹ごなしも兼ねて湯畑まで15分ほど歩くと


「…うわぁ…スゴ…」


湯畑はブルーにライトアップされていてその周りを屋台が取り囲んでおり幻想的な世界になっている。

石の柵にもたれてしばらく眺めていると


「ねー、キスして」

「…ん?」


ためらう事無く普通に軽く唇を重ねる。

優奈の美しさに見とれていた周りの男性達からはガッカリなため息が漏れている中


「なんか一番いい時に来たっぽいね」

「みたいだな」


それからまた屋台や店を巡り、本当にスイーツを食べながら歩く優奈。

しっかりと腕を組み普段よりもベッタリとくっつきながらご満悦な表情で温泉街の夜を楽しんだ。


宿に戻ってくると


「大浴場も入ってみたいなぁ」


「え~…一緒に入れないじゃん」

「そこは仕方ねぇだろ」


「離れんのヤだぁ…」


酔いも醒めてきているはずだが今日は妙に甘えてくる。


「じゃあ銭湯みたいに上がったトコで待ち合わせとかする?」


「…う……ちょっとやってみたい…」


せっかく来たのだからと大浴場にも足を運ぶ。

もうここで化粧を落とすことにした優奈と畳張りの廊下を歩いて大浴場へ向かった。


「じゃあね~」


それぞれの湯へ入り、大きなお風呂や露天風呂を堪能して上がってくる。

しばらく待っていると


「気持ちよかったぁ~」


化粧を落とした優奈、やはりスッピンでも恐ろしいほどに美しい。

それから部屋へ向かう途中


「あれ…ねぇ、これって今空いてるって事?」


貸切露天風呂の入り口に『空』という札がかけてあった。

ちょうど通りかかった仲居に聞いてみると中を確認してくれて


「今空いてますよ、よかったらどうぞ~」


と、その札を『貸切中』へ裏返してくれた。


「今入ったトコじゃん」

「一緒には入ってないもん」


手を引かれて脱衣場へ入り、浴衣を脱いで2人っきりで岩の露天風呂へ。


「あ~…こっちも気持ちいい」

「なんか温泉にハマりそうだわ、俺」


「いーじゃんっ!!温泉巡りしたいっ!!」


気づくと湯に浸かりながらピッタリくっついている2人。


「…幸せだなぁ~」


頭を勝也の肩に乗せボソッと呟いた優奈の言葉には実感がこもっていた。


たった今温まってきたばかりのためそう長くも浸かっていられず、少しだけゆっくりとしてから上がる。

それから廊下にあった酒処でまた少しだけ飲み、少し顔を赤くした優奈と部屋に戻った。

化粧水をつけたり肌のケアをしていた優奈がふと気づくと勝也の姿が無い。


キョロキョロしてみるとベランダにその背中が見えた。


「な~にしてんの~」


ベランダに出て小さく囁きながらその横に密着するように並びスッと腕を組む。

お揃いの浴衣で夕涼みしていると


「ねぇ…ごめんね?」


「何が」

「この前の事。あたしちゃんと謝ってなかった」

「その話はもう…」


「ううん、これだけはちゃんと言いたかったの。ちょっとお酒の力借りちゃったけど…ホントはね?あたし一瞬諦めかけちゃったんだ…」

「…………」


「もうダメだと思った。もう絶対許してもらえないと思った。出ていけって言われた時、目の前が真っ暗になって…何もかも終わったって…」


「そっか」


「でも無理だった。やっぱり勝也の事諦めるなんて出来なかった。どれだけ嫌われても…それでも追いかけ続けようって」


「相変わらずつくづくバカだなお前は」

「…うん」


「今思えば俺も本気で別れるつもりじゃなかったのかもな」


「…え?」


「だからオヤジ達にも別れたなんて言わなかったし…岳にぶん殴られてやっとお前と話せたけどなんかつい許しちまった」

「…ついって」


「だって…やっぱお前がいないとつまんねぇんだもん」


そういうと優奈の肩に手を廻し、グッと引き寄せて唇を重ねる。

優奈も体ごと勝也の方を向き両腕を首に廻してギュッと抱き着く。


しばらく重ねていた唇が離れるとヒョイッとお姫様抱っこしてそのまま部屋へ消えていった。


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