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114 温泉 ①

 優奈の言っていた幸せ。


勝也の腕枕で目覚めるという至福の朝を迎えた。


あの康太事件やブランカの解散が決まった時など今までにも別れの危機はあるにはあったが、今回はさすがに『もうダメだ…』と一度は諦めかけてしまった。


だがもう一度チャンスを貰え、こうして今また勝也の寝顔を間近で見ていられる。

今まで以上の幸せを感じながら、もう二度とこんな危機が訪れないように…と改めて決意した朝だった。


いつもならしばらく寝顔を見た後ちょっかいを出して起こすところを今日はもう一度見る事が出来たその寝顔をジッと眺め続けていたのだが、こんな時に限って勝也は起こしてもいないのに目を覚ましてしまう。


「…ん~……ん?…おはよぉ…」


「あ~ぁ起きたぁ…もーちょっと寝顔見てたかったのにぃ」


「普通は起きた方が喜ぶトコなんじゃねぇの?」

「そりゃそうだけど…でもこんな近くで寝顔見られるのあたしだけなんだもん」


「また訳わかんねぇ事を」


そういうと優奈の枕になっている腕をそのままグッと巻き付け向かい合わせになるように抱き寄せて密着する。

お互いの素肌の感触はやはり心地よくしばらくそのままでいたものの…やはりまた朝から始まってしまうのだった。


その後


「ねぇ…ごめんね」

「何が?」


「叔父さん…だっけ。勝也が大変な時に傍にいられなくて」

「急だったからな。でも最期に俺の顔見て少しだけ笑ってくれたんだ。だからやっぱ名古屋から帰ってきてよかったよ」


「そんな時にあたしはなんてバカな事…」

「お前がバカなのは今始まった事じゃねぇだろ」


「そうだけど…ねぇ、遠いトコって言ってたけどドコまで行ってたの?」

「新潟。オヤジ達とは東京駅で待ち合わせてそこから一緒に行った」


「そっか。…あ…お父さんたちに言った?」


「今回の事?」

「…うん」


「言ってないよ」


「どうして?」

「わかんねぇけどなんでか言わなかった」


「でもホントに別れる気だったんでしょ?」


「別れるっていうかあの時点で別れたつもりだったよ」

「…だよね…ホントにバカだあたし…」


「あ~もぉうるせぇな。終わった話引っ張り出してきてクヨクヨすんじゃねぇよ。今ここにいるんだからそれでいーの!同じ事繰り返さなきゃそれでいいんだよ!」


「…うん」


「あ、これで2回目だった(笑)」


「も~言わないでよぉ…これでも死ぬほど後悔してんだから」


それからしばらくしてようやく起きだす。


会えるのは来週だと思っていた事もあり、しかもまたここで一緒に朝を迎えられるなど夢にも思っていなかったため今日の予定は何も立てていない。

勝也はハーパンだけ、優奈はTシャツ一枚だけを着てリビングへ移動する。

昨日の朝にはまだガランとしていたこの部屋も新たな配置で新鮮に感じられた。


「なんか作ろーか?」


「買い物してねーだろ。もーちょっとしたらなんか食いに行こ」

「ん~…買い物してきてここで食べたいなぁ」


今までとテーブルの向きを変え二人並んで食べられる配置に変わった。

正面にテレビを置きそれを見ながら横並びで座れるこの配置を早く試してみたかった優奈。結局昨夜と同じくコンビニで軽く買ってきて、念願の横並びでの朝ご飯となった。


「なんでもっと早くこーしなかったんだろ」

「お前が自分の嫌いなモンをポイポイ俺の皿に入れるのを阻止するためだったんじゃねーか?」


そんないつも通りの会話を幸せに感じる中、優奈のスマホが鳴る。


「あれ、お母さんだ。もしもーし…うん…うん…あ、ちょっと待って?…ねー、今日夜ご飯食べに来いって。いい?」


「ありがとうございまーす」


もう優奈の実家に行く事に緊張はほぼ無くなった。


夕方頃に2人で優奈の実家へ。


優奈はそのまま準備を手伝い勝也は早くも父に酒を注がれる。

今回の件は両親も『もうダメかもしれない』と覚悟しかけていたらしく、またこうして2人が一緒にいることを大層喜んでくれた。


夕飯を食べながら父がそこそこ顔を赤くし始めた頃


「お父さん、酔っぱらっちゃう前に話しとかないと」


「…話?」


「あぁ忘れる所だった。2人とも今度の週末の予定は?」

「いえ、特には何も…」


「じゃあ悪いんだが2人で温泉に行ってきてくれないか」


「…温泉っ??」


「ちょっとお世話をした仕事関係の人から招待を受けてね。夫婦で行って来いと言ってくれたんだが…行くと返事をした後に日曜日に健康診断があったのを思い出してしまったんだ。先方には断りの電話を入れたんだが、ちょうどその日はそこの温泉街の祭りがあるらしくて…せっかくだから誰か身内で行ける人がいるなら代わりに来てもいいと言ってくれたんだよ。ちょうど君達も仲直りしたところだし、私達の代わりに行ってきなさい」


「…勝也と……温泉……??」


「いや、でもそれなら日を変えてお父さんたちが行った方が…」


「それがね、後日また改めて私達は招待してくれるそうだ。だが祭りはその週末だけみたいだから、このようやく笑顔を見せたワガママ娘を連れてってやってくれ」


「けど……」

「行くっ!!行きたいっ!!ねー行きたいっ!!」


「招待してくれたのは大きな会社の社長さんでね、かなりいい部屋に泊まらせてくれるらしいよ」


「ねーねー!行きたいってばぁっ!!」

「…いいんですか?そんな…」


「いーきーたーいーっっっ!!!!」

「うるっせぇなお前はぁっっ!ちょっと黙っ……!…あ……」


両親の前で初めて優奈をキツく怒ってしまった。

しまった…という表情をしたものの両親には大爆笑される。


怒られてシュンとなった優奈を見て涙が出るほど笑った後


「やっぱり優奈の教育は勝也君に任せて正解だな(笑)じゃ、そういう事でしっかり代役を務めて来てくれ」


「…いつもお世話になりっぱなしですいません。お言葉に甘えて行ってきます」


「やったぁぁぁ!!!!」


それからの優奈は厄介なほどテンションが上がった。

夕飯の片付けの間も鼻歌は鳴りやまずそれが終わった後も父の横にベッタリ貼り付き、晩酌のアテさえも爆量に作る始末。

昨日までの地獄の底にいるような表情とは全くの別人である。

そして優奈のあまりの機嫌のよさに両親たちも自然と2連泊の許可を出した。


「なんか毎週のように週末はずっと2連泊してねぇ?」

「ヤなの?」


「イヤとは言ってねぇけど…ま、それだけ安心してくれてるって事だからいーか」

「うんっ」


結局優奈のテンションは下がる気配もなく、アパートに着くなりベッドに押し倒されるのだった。



 週明けの月曜日、今日からまた2人で登校する。

また一緒に歩ける幸せと今週末の温泉旅行へのワクワクから優奈の表情は崩れきっていた。


2人揃って教室へと入ると


「…はぁぁ…ちゃんと一緒に来た」


「おっはよ~」

「何がおはよーだ。嬉しそうな顔しやがって、ったく…」


みんなに冷やかされながら席に着くと


「…勝也…えっと…この前はごめん…」


「ん?おぉ!てめぇのパンチは痛かったぞぉぉ」

「…ごめん…」


「はは、冗談だ。けどありがとな、お前がいなかったらあのまま別れてたかもしれねぇし」

「あたしも…ありがとう岳ちゃん」


「いや…えっと…」


2人に礼を言われ照れ臭そうに笑う岳。

すると今度はみさが


「…あの……勝也」

「ん?」


「えっと…あの時はごめんなさい。…あたしのせいで…その…」


「別にお前が謝る事じゃねぇだろ」

「だって…無理矢理あたしが優奈を付き合わせちゃったんだもん」


優奈がまた勝也の横にいられるようになったとはいえ揉め事を起こさせた一番の原因は自分にあると落ち込んでいたみさ。


「悪いのは優奈だよ、お前じゃない」


「…え?」


「俺と優奈には約束があるんだ。ウソはつかない、隠し事をしない、それと約束は破らない。別に他の男の車に乗ったからってそれが浮気だとまでいわねぇよ。けどな、あの時アパートにいるって言ったウソから全てが始まったろ?それがコイツの『間違い』。結局そのウソを隠すために違うウソをついて…最後には全てがウソになっちまう。そうなってからじゃ取り返しもつかなくなるじゃん」


「…うん…」


「もしそれで押し通せたとしたって、自分の中にはウソで切り抜けたって事実だけはずっと残る。それが友達に対してだって親に対してだってそうだ。それで満足するような卑怯者ならそれでもいい。けど優奈は卑怯者なんかじゃない。だから許せなかった」


この言葉を聞いた者全てが自分に置き換えていた。


少なくともみんな今までに誰かにウソをついたことがある。

それで切り抜けられたと満足した記憶が誰にもあった。


この男はそれを卑怯者だと言った。

だがみんなそれが正しい意見だと納得したのだ。


「あの時断り切れなかった優奈が悪い。もし断れない状況だったとしてもそれを隠した優奈が悪い。でもお前まで俺達の付き合い方を気にする必要はないんだから」


「でも…あたしのせいで優奈が勝也に嫌われちゃったんだと思って…」


「嫌いになる事はねぇよ」


全員が勝也の顔を見る。


「俺は自分の人生全て賭ける気でコイツを選んだんだ。そりゃぁ怒る事もあるし、ひょっとしたらこの先いつか別れちまうかもしれない。けどどんな事があったって優奈を嫌いになる事だけは絶対にない」


またもや朝から号泣させられる優奈とみさ。

その後ろで蘭がボソッと


「…ホンットむかつくんだけどコイツ…♪」


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