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11 脱退

 あれから数週間。

その間にライブも2回あり、みさ達3人も待望の打ち上げ参加を果たし、翌日のJun宅でのバーベキューも毎回行われた。

だが勝也と優奈のバイトの休みが重なったのは2回だけ。

毎回その日は優奈の性欲に勝也がビビる…といった平穏な日々が続いていた。


そんなある日の事、また康太がしつこくやってきて


「なぁ、いつならいい?」


「もぉしつこいなぁ…ダメだって言ってるじゃん!」

「だってやっぱ納得できねぇんだもん。俺が松下に頼んでみていいって言われたらデートしてくれる?」


「そんな事したら今度こそ許さないよ」


「だったら一回だけ…な?でないとアイツに頼む」

「もぉ!うるっさいなぁ…わかったよ!」

「ホント?!やった!やっとだ…」


「明日ならいいよ、学校帰りね。それでホントに終わりだよ?」

「うんうん!よっしゃぁぁ!」


明日は本当なら勝也に会える日だったが、バイトの一つであるショットバーに欠員が出たため急遽勝也が駆り出された。優奈のバイトも休みだったのだが、散々ゴネてスネてようやく納得した日だった。

その日の帰り道。そして次の日の朝。勝也には報告するべきかどうか悩んだものの、おそらくキレられる…それにこの一回を隠し通せればもう康太が誘ってくることはないという約束もあり言えなかった。


「あ…あのね、今日学校帰りにみさ達と買い物に行く約束しちゃったの」

「ん、わかった」

「ごめんね、明日はまた一緒に帰ろうね」

「あぁ」


昼休み、教室からかなり離れた廊下に康太を呼び出すと


「どこに行けばいいの?言っとくけど学校から2人で一緒に出るのは絶対ムリだからね」


「そっか…じゃあ○○駅とかで待ち合わせは?俺、優奈と一緒に映画みたくてさ、チケット買っといたんだ」

「…え…○○駅…は…ちょっと…」


その駅は勝也の働くショットバーのある駅だ。待ち合わせしてもし鉢合わせになったら…少しでも可能性のある事は避けたいという想いから


「その映画館のロビーとかでもいい?それなら行くけど」

「えー、それじゃデートじゃないじゃん」


「2人で映画見るだけでも充分でしょ」


「…いいよ、わかった」


放課後になると教室から出ていく勝也の背中を見送る。

みさ達はキョトンとして


「今日は一緒に帰らないの?」

「…う、うん…今日はちょっと行かなきゃいけないトコあって」

「ふーん、めずらしー」


みさ達にも本当の事は話していない。

自分と康太だけの秘密にして、今日のデートで全てを終わらせるつもりだ。


みんなとも別れて一人駅に向かう。

勝也が乗っているはずの電車から数本遅らせて電車に乗り○○駅に着くと周りをキョロキョロ見渡し出来るだけ端っこを歩くようにして警戒しながら映画館に駆け込んだ。


そこにはもう康太が飲み物とポップコーンを持って待っていて


「あ、来た来た。早く!もう始まっちゃうよ!」

「ごめんごめん」


2人で映画を見たものの罪悪感が頭から離れる事は無く内容も全く入ってこなかった。

映画が終わるとサッと立ち上がりシアターを出る。


「じゃあ帰るね」


「ちょ、ちょっと待ってくれよ!これだけ?」

「映画付き合ったじゃん」


「これじゃデートじゃないよ!せめて何か…あ!服見に行きたいから付き合って?もうそれだけでいいから」


「はぁ…もう仕方ないなぁ」


渋々洋服屋が入ったデパートに行く。

さすがにここなら見つかることは無いだろうと少しホッとしながら、嬉しそうに服を選んでいる康太を見て多少笑顔も見せるようになっていた。

ふと気になって


「ねぇ康太。なんであたしなんかの事誘ってきたの?もう人の彼女なのに」


「え、そりゃあずっと好きだったし、それに優奈と一緒に歩いてたらすっごく人に見られるだろ?それだけ優奈が可愛いって事だよ。そりゃホレるよ」


「…それだけ?」

「なんで?可愛いからって理由、なんかおかしい?」


(あたしの中身とか関係ないんじゃん)


そう思った途端にハッと目を見開いた。それは勝也が感じていた事と全く同じだ。


ただ自分をアクセサリーのように人に自慢したいだけのための道具として…勝也の気持ちがようやく理解できたと同時にそれがどれだけ寂しいことなのかもわかった。


「ねぇ早く選んで。もう帰りたい」

「あ…あぁ、わかった」


そういうと手に持っていた服を買う事にした康太。

外に出ると駅まではすぐの距離でここを通り過ぎれば全てが終わる、と少しホッとした優奈。


「あのさ、そこの駅まででいいから手ぇ繋いでくれないかな」


「それはマジでムリ」

「ホントに駅まで!そしたら離すから!」


「もぉ…だったらこれでいいでしょ」


手を繋ぐのは拒否し、仕方なく康太のヒジの内側にちょっとだけ指を引っ掛けるようにして腕を組む。それは直接肌が触れるのは勝也しかイヤだという想いだった。

それだけでも嬉しそうな顔をした康太を横目に少し早足で駅に向かう…


が、正面を向いた途端に愕然とした。


バーテンの服装に上着を羽織り、買い出しの袋をぶらさげた男と目が合ったのだ。

すぐさま慌てて康太に触れていた手を引っ込めたものの一気に体がガタガタと震え出す。



よりによって康太と腕を組んでいる状態で勝也と会ってしまった。



目を見ることも出来ず、下を向いて震えていると


「どした?もうちょっとだけじゃん、お願い!」


そういうと優奈の手を取ってさっきのように自分の腕にまわさせようとする。

それを精いっぱいの力で振り払うも…自分の視界がグニャグニャと歪んでいくような感覚に陥った。

ふと顔を上げると、黙ったままの勝也が優奈に目を向けることなくすれ違っていく瞬間だった。

咄嗟に勝也の腕を掴み


「ごめん…話聞いて!お願いだから…」


「あ…松…下…」


腕を掴まれても優奈の方を見ることなく、しばらく沈黙の後



「やっぱり…お前もそうだったんだ…」



『お前もそう』…その言葉は、自分が過去に勝也にヒドい仕打ちをしたあの女と重ねられたことを一瞬で理解する。


「えっ?…ちがっ…お願い!聞いて!」


腕を引っ張り慌てて弁解しようとする優奈の方をようやく見た勝也の目は恐ろしいほど冷たく、そして怖かった。


「放せよ……『安東』」


その言葉を聞いた瞬間に手の力が抜け、スルッと手を放してしまう。


たった一瞬でまた『優奈』から『安東』に戻ってしまった。

完全にまた壁を作られてしまった瞬間だった。


そのまま立ち去っていく勝也の背中を見つめると、両手で顔を覆ってしゃがみこんでしまう。


あたりが暗くなっても優奈はそこから動けなかった。体を震わせ、涙も止まらない。


「優奈…ごめん、俺が調子に…」


「帰って…お願い…」

「こんなトコにお前だけ置いていけないよ、とにかく帰ろ?」


優奈を立ち上がらせようと、支えるように両肩に手を掛ける。

その手を大きく振り払い


「もうヤメて…お願いだから…」


そういって自分で立ち上がり、ボロボロと涙を流しながら駅に向かった。


けっして浮気のつもりではない。

このデートさえ乗り越えればもう勝也に火の粉がかかることはない、そう思っての事だったが他の男と2人で出掛けた事もその男と腕を組んで歩いていた事も紛れもない事実である。

帰り道ずっと話しかけていた康太の声も一言も届かず、どこで別れたのかも覚えていない。


気づけば勝也のアパートの前で一人立ちすくんでいた。

せめて理由だけでも聞いてほしい。怒鳴られても殴られても、それでも話がしたい。

勝也の帰りをずっと待っていたが、結局その日勝也が帰ってくることは無かった。


朝まで待っても会えなかった。

もしかしたら学校へは来るかもしれないと急いで家に戻り、両親には無断外泊について適当な言い訳だけをして大急ぎで学校へ向かう。


いつもならもう来ているはずの時間だがやはり勝也の姿はない。


「あ、優奈おはよー」


その言葉も優奈には届かず、地獄に突き落とされたような表情でボーっと下を向いていた。


「ちょっと!どうしたの…何かあった?」


「…なんでもない」

「なんでもなくないでしょ!どうしたのよ!」


「ごめん…あたし帰る…」

「ちょっと!優奈!」


引き止める声にも耳を貸さず、カバンも持たずにフラフラとした足取りで学校を出ていく。ただ事ではない状況にみさが後を追い、優奈に追いつく。


「どうしたのよ!何があったのか知らないけど…勝也は?」


みさが勝也の名前を出した瞬間にポロポロと大粒の涙を流し始めた。


「え…ちょっと…ウソでしょ?」

「もう…ダメなの…」


そういうとまたしゃがみこんで両手で顔を覆ってしまう。

朝の通学ラッシュの中、体を震わせて泣き始める優奈はとても目立ってしまっている。


「ちょ…ちょっとおいで!」


優奈の肩を抱きかかえるように立たせるとすぐ隣の公園に入り、目立たない木陰にあるベンチに座らせる。そして大泣きする優奈をただ黙って見守るみさ。

しばらくしてようやく落ち着いてきた優奈の口から昨日の事が告げられると


「はぁ?!アンタ何やってんの?!いくらなんでも勝也が可哀想じゃない!!」


「…………」

「ちょっと康太に文句言ってくる!」


「……もういいの…今度ばかりはもうダメだから…。せめてこれ以上あの人に迷惑かけたくない…」

「だって!アンタはそれでいいの?そんな簡単に諦められるの?」


「…諦められるわけないじゃん…諦めるなんて……」


また泣き出す優奈。今度ばかりは大事件である。

スマホを取り出すとパパッと一瞬でありさと千夏に用件だけを伝えるみさ。

その後、康太は千夏にボコボコに殴られたそうだ。


やっと落ち着いた優奈を連れて二人が学校に戻ったのはもうお昼前だった。やはり勝也は来ていない。

優奈と自分のカバンを持ったみさが


「とりあえず今日は帰らせるよ。送ってってくる」


ありさと千夏に伝え、2人で学校を出た。バス停に向かおうとすると


「歩いて帰る…」


「は?どれだけかかると思って…」

「…勝也はいつも歩きだから…ひょっとしたら会えるかもしれないし…」


目は完全にうつろで放心状態の優奈。

今はとりあえずしたいようにさせてやろうと一緒に歩き始める。当然勝也とすれ違うことは無く、家に着くとみさの口から母に事情が説明されそのまま優奈は部屋に閉じこもってしまった。



誰からの電話にも出ず誰からのLINEにも返信しないまま優奈が部屋に引きこもってから2日後、優奈のスマホが鳴った。

それはみぃからでさすがに無視は出来なかった。


「…もしもし…」

「よく出たね。今アンタの家の前。ちょっと出ておいで」


「え…でも…」


「涼子もいるよ、みさもいる。いいからちょっと出ておいで」

「…はい」


渋々部屋を出る優奈。2日振りに家族に顔を見せると心配そうに母が飛んできて


「大丈夫?何か食べないと」


「…友達来たからちょっと出かけてくる」

「え?」


母と一緒に玄関を開ける。すると涼子、みぃ、みさが立っていて


「初めまして。優奈さんと仲良くさせてもらってます小泉と申します。事情は吉川さんから伺いました。少しお話させてもらっていいですか?」


「いつもお世話になっております。…はい…ぜひ…ぜひお願いします」


深々と頭を下げる母。

そのまま涼子のレクサスの後部座席に乗せられて車は発進した。


誰も口を開かないままの静かな空間でまた優奈が鼻をすすり始める。車は街外れにあるカラオケボックスに入った。

その部屋で4人が座るとしばらく沈黙があった後…


「みさに全部聞いたよ。アンタ何やってんの?あの時あの言葉が言えたのはウソだったの?」


「……」


それからみぃの言葉をずっと噛みしめるように聞きながらも、一言も返さない優奈。みさも泣き始めるが、涼子はまだ一言も発していない。それが逆に怖かった。


しばらくみぃの発言が続き、少し沈黙が流れた頃ようやく涼子が口を開く。


「ねぇ優奈。この前アンタに昔の勝也の話したよね。もしその女と勝也が今2人っきりで腕組んで歩いてるトコ見たらどうする?」


それを聞くと頭の中に、顔はぼやけて見えない女と勝也が腕を組んで歩いている姿を想像した。

途端にその映像をかき消すように頭をブンブンと横に振る。


「そうなるよね。でもアンタはそれを勝也に見せたんでしょ?想像じゃなくてホントにそうしてるトコを」


ボロボロと涙を流す。

今更ながら取り返しのつかないことをしてしまった後悔が頭の中をグルグル回っている。


「…あいつがどれだけの時間をかけてあの女から立ち直って、どれだけの覚悟でアンタと向き合う決心をして、どれだけ大事に想ってたかアンタは全然わかってない。ようやく心から信じれる女と出会って、その女にまたその心を思いっきり踏みにじられて…どれだけ辛かっただろうね」


涼子の言葉はいつもの優しい口調ではなく、優奈の心に何度も刺さってくるキツい言い方だった。


「勝也のためにって思ってたのかもしれないけど、アンタのした事はあの女と何も変わらないただの最低な裏切りだよ」


「涼子、ちょっと言い方…」

「それだけ勝也の事を軽く考えてたって事だよ。この子は」


「…違う…そうじゃ…ない…軽くなんて…」


「ならどうして部屋に引きこもってるの?どうして動こうとしないの?アンタがそうやって部屋でウジウジ悩んでる間、勝也は一人ぼっちでドコでどんな思いしてるの?後悔とか反省してたって言いたいのかもしれないけど、一番傷ついてるのは誰だと思ってんのよっ!!」


シーンとした部屋に涼子の大きな怒鳴り声だけが響く。

それは頭を思いっきり殴られたような衝撃だった。


…そうだ、取り返しのつかない事をしてしまったという後悔だけが頭を支配していたが自分は傷つけてしまった側で、一番傷ついているのは勝也だ。

そんな当たり前の事にも気づかないでいた。


「アンタは自分が勝也の中でどれほど大きい存在だったかわかってない。いつまでも自分が勝也を追いかけてるだけなんて思ったら大間違いだよ」


優しい口調に変わった涼子。


だがその時涼子のスマホが鳴る。

その電話に出ると


「…はい…うん…うん…あ、今会って話してるよ…うん…うん…………えっ?!」


驚いた声とともに固まり、そしてしばらく沈黙が続く。


「…うん…うん………わかった」


その電話でまた険しい表情になった涼子。

電話を切り、そのまましばらく無言になるとみぃに向かって少し涙声で呟いた。


「ダメだ……間に合わなかった」

「え…まさか…」


すると優奈の目をジッと見て


「勝也が……ブランカを抜けるって…」


「……え?!」


意識が吹き飛んでしまいそうな衝撃の言葉だった。


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