109 音
最近、勝也の機嫌がすこぶる悪い。
特に原因があるわけでもないのだが些細な事ですぐ不機嫌になり2日に1回は怒られている。
どうやら明らかに何かのとばっちりのようである。
「今度は何?」
「…歯磨き粉の予備が買ってなかったって朝からガチギレされた」
「どうしたの最近」
「わかんないよ…悪い事なんかしてないしご飯もちゃんと作ってるんだけど」
「聞いてみれば?なんでそんなに機嫌悪いのって」
「とっくに聞いたけどもっとキレられた」
朝から晩まで機嫌が悪いという訳ではないのだが今までなら気にも留めなかったような事でいきなり怒り出すためさすがの優奈も困り果てている。
最近は少し夜の間隔が開いていて優奈自身も少し物足りなさを感じてはいるが、なかなかそういう雰囲気にまで発展させるのが難しい状況なのもある。
ベースを習っている時は機嫌も普通で笑顔も見せるため最近はほぼ毎日ベース教室で夜が終わっていた。
そんなある日
「なぁ優奈、ちょっと相談っていうか…話あんだけど」
「ん?なぁに?」
待ち伏せしていたように廊下で声をかけてきた了。
「2人で話したりとかって出来る?」
「いいけど口説いたって無駄だよ~」
「バーカ、俺だってまだ死にたくねぇよ」
昼休み、勝也に弁当を食べさせたあと寝たのを確認してから了に声をかける。
「自販機のトコでも行く?」
「あぁ」
JUNCTIONのドラマーでもある了と一緒に歩いていても特に不審がられることはない。
購買前のランチルームにあるテーブルに腰かけると了がコーヒーを買ってくれた。
「ありがとー。で、話って?」
「あのさ、優奈はずっと近くにいたから聞きたいんだけど俺とBanさんの一番の違いって…ドコ?」
「違い?」
「もちろんテクニック的な事で言えば足元にも及んでないのは分かってるけど…なんかこう根本的に違うトコって…」
「了とBanさんはタイプも違うから比べられないんじゃない?」
「ドラマーっていう部分は一緒じゃん」
「う~ん…Banさんはもちろんだけど了だっていいドラマーだと思うけどなぁ」
「そういってくれるのは嬉しいけど、Banさんにあって俺にないモノっていうか…まぁそんなのあり過ぎるかもしれないけどさ」
「行き詰まっちゃった感じ?」
「メッシュで叩いてる時はいいんだけど…やっぱ俺の目標っていうか憧れはBanさんなんだよね」
「え、そうなの?」
「うん。あ、勝也には言わないでね」
「へーなんか意外」
「優奈はあんなに近くにいたから知らないだろうけどBanさんを目標にしてるヤツってすっげぇたくさんいるんだぞ」
「そぉなんだ…確かにあんなに上手いしカッコいいもんね」
「あんなパワードラマーなのにすっごい繊細に叩くじゃん?なのにリズムもブレないし、他のメンバーの人も絶対弾きやすかったはずだよ」
「だろうね。6人ともめちゃくちゃ凄い人ばっかりだったもん」
「お前の彼氏だってその6人の中の一人じゃんか」
「確かにベースに関してはバケモノだけど…」
それからしばらくブランカの話をしていると
「おっと、話が全然反れてるって」
「あ、ごめんごめん。ブランカの話するの久しぶりだったからつい(笑)」
「なんかさ、仮にテクニックが追いつけたとしてもそれだけじゃないような気がすんだよね、Banさんのドラムって…」
「あ、そういう事か」
「え?」
「了ってさ、どんな時でもドラム叩いてれば幸せ?」
「幸せっていうか…。あぁでも最初の頃はそうだったな」
「今は違うの?」
「今も楽しいけどやっぱそれだけじゃダメだろ。もっと合わせなきゃとかもっとフレーズ考えるとかバンドとしてやっぱまとまりを…」
「ソコだよ多分」
「え?」
「前に勝也とメッシュのライブ見に行った事あったでしょ?あの時思ったの。楽しそうには見えたけど思いっきり叩いてないような…」
「そりゃ俺が何も考えずに思いっきりやっちゃったらまとまるモンもまとまらねぇじゃん」
「Banさんはいつも思いっきりだったよ」
「…………」
「確かにそれぞれ凄すぎる人達だったからかもしれないけど、みんなBanさんが次はどう来るとかそろそろリハと違う事して来るだろとかわかるんだって」
「マジか…」
「ホント気持ち悪いぐらい仲良かったからね。バンドとか関係ないトコでもいつもみんな一緒に遊んでたし…あれだけ息が合うのも納得できるでしょ?それにBanさんは未だに『ドラム叩いてるだけで幸せなんだ』っていつも言ってた」
「あんなに凄いドラマーなのにまだそんな事言えるって凄いな…」
「FINALの時、勝也とBanさんでRhythm battle演ったでしょ?」
「うん、あれは反則級にウマかった」
「知ってた?あれ、Syouさんがステージで急に言い出して…ぶっつけのアドリブだったんだよ」
「………………………………は?!」
「だから2人で打合せする間もなくて、それで…」
「ちょ…ちょっと待って……マジで言ってんの?」
「うん、ウチらも後で打ち上げの時に聞いて開いた口が塞がらなかったけど(笑)」
「やっぱBanさんを目指すこと自体間違ってたんだ…」
「なんでよ」
「人間じゃねぇよ、あんなのアドリブでって……」
「確かに(笑)…でもね」
「ん?」
「去年の文化祭の時JUNCTIONで叩いてる了はそれぐらい楽しそうだったよ」
「そりゃ、あの時は勝也がベースだったから安心して思いっきり…」
「ほら、それが伝わったからなんじゃないの?」
「……あ……」
ドラマーとしても相当な腕を持つ了。
金色のモヒカンでライブの時にはそれを水色やピンクにする奇抜なパンクスタイルだが、彼もミュージシャンとして真剣に悩んでいたようだ。
優奈の助言が役に立ったのか少し気が軽くなったように見える了。
昼休みが終わる前に教室へと2人で戻ってくるとちょうど勝也が顔を上げたところだった。
「勝也ぁ」
「ん~」
「あのさ、久しぶりにスタジオで遊んでくれない?」
「スタジオ?」
「まだ文化祭までは時間あるけどちょっとリズム隊の復習っていうか…」
「あ~」
その会話を耳にした途端に蘭が食いついてきた。
「ちょっとぉ!了だけなんてズルい!」
「え……ズルいって…」
「そーだよ!抜け駆けすんじゃねぇよ!」
「…え?…え?」
「俺達だって行きてぇよっ!!」
「別にそんな…」
「やろ!スタジオ♪」
みんなあのバンドを心待ちにしていたようで、揃って勝也の顔を見る。
「…んじゃ耕平に声かけてこいよ」
「やったぁぁぁ!!!!」
ライブに出る以前にこのメンバーで演奏できることがみんなの楽しみだったようだ。
当然耕平も大喜びで、アッと言う間に勇太が3日後のスタジオを押さえた。
その日の夜…
勝也の不機嫌さは消え鼻歌さえも出てくる始末。
優奈が作った夕飯を大絶賛しながら食べ、洗い物までも手伝う。
そして最近の日課となっていた寝室でのベース教室に向けて優奈がkillerを手に取ると
「最近毎日弾き続けてっから今日は指休めた方がいいんじゃない?」
「…え?」
そういうとなんとそのまま優奈をベッドに押し倒し始めた。
勝也の方から始めてくることなど滅多にない事で徐々に服を脱がされながら、フッと唇が離れた隙に
「ねぇ…ひょっとしてしばらく大きな音でベース弾いてなかったから機嫌悪かったの?」
「え…俺、なんか機嫌悪かった??」
毎日のように八つ当たりされていた理由が、ただアンプを通してベースを弾いていなかったからだと悟る。
「……はぁぁ……」
今までの自分の苦悩はなんだったのかとあきれ返る。
久しぶりという事もあり優奈も相当楽しんだのだが…ここ最近の苦労もここで目いっぱい仕返しした夜だった。




