107 信用 ①
ありさの妊娠騒動も無事に落ち着き、また日常が戻った。
今まで自分の中だけに秘めていたいつか勝也の子供を産みたいという夢がもっと大きな想いで勝也本人の口から聞けた事が優奈にとっては何よりも嬉しい出来事だった。
毎日の生活にも笑顔が溢れ、大好きな人と一緒にいられる事がどれほど幸せな事なのかをあらためて実感していた。
ある日の朝、みさと蘭が通学途中でたまたま一緒になる。
「おはよ」
「あーおはよー」
この2人が仲良くなったのも勝也を探して途方に暮れていたみさが蘭に泣きついたあの時から思えば不思議な光景である。
普段通りに話しながら歩いていると
「あ、バカ夫婦だ」
「ん?」
前を見ると勝也と優奈が並んで歩いている。
ケンカする時は周りを巻き込む大事件に発展するほど大きくモメる2人だが普段の姿を見るとやはり羨ましいほど信頼し合っているのが分かる。
ずっと会話しているわけでもなく時折二言三言言葉を交わすだけなのだが、それでもこの2人の仲睦まじい姿を見ているだけでホッとした気持ちになるみさと蘭。
歩道のない学校への直線で前から車が走ってきた。
するとごく自然に当たり前のように勝也が優奈の袖をつまんでスッと引き自分が車道側へと位置を変える。
本人も無意識なのだろうが優奈を安全な側に誘導するその仕草に
「…あぁいうトコなんだろうね」
「あれを自然にやるのがハラ立つよねホントに」
今となっては校内一有名と言っても過言ではないカップルになった2人。
そうなる前からずっと一番近くで見てきたみさにとってはあの優奈の一途な想いがあったからこそ今があるのだという事はわかっている。
だが、ふと…
「ねー…優奈って勝也の何を見つけたのかな」
「見つけた?」
「うん。1年の初めの頃、勝也ってまだ陰キャだったじゃない?優奈は最初から今みたいにすっごい人気あったのになんであの頃の暗い勝也に気づいたんだろ」
「ん~…あたしが勝也を知ったのはブランカ入った頃だったから最初から見る目が違ったしなぁ」
「あたしは優奈が勝也の事追いかけ始めなかったら多分存在も知らなかった。最初の頃は思ってたもん…なんで優奈みたいな人が『あんなの』追いかけんの?って(笑)」
「あんなのって(笑)ヒドー♪」
「だから余計に不思議なんだよね~…。ま、ホントの勝也に一番に気づいた優奈の勝ちなんだけどさ」
今の幸せそうな2人を見てふと昔を思い出したみさ。
もし自分が先に勝也の存在に気づいていたとしてもあの時の優奈ほど一途にしがみついていく自信はない。
ある意味優奈が自らの手でつかみ取った幸せではあるのだが…
そんなある日の昼休み、教室の扉が開き担任がヒョコッと顔をのぞかせた。
「安東、ちょっと来てくれるか」
「…ん?」
食べ終わった2人分の弁当箱を片付けていた優奈が呼び出される。
何も考えずに普通に
「なんだろ、ちょっと行ってくるね」
「ん」
昼休みがほとんど終わりかけた頃にようやく戻ってきた優奈。
すると
「ねーねー、なんか女子高生に色々アンケート取るって雑誌の企画みたいのがあってその代表っぽい感じで何人かにインタビューしたいらしいんだけど…行かない?」
その言葉は仲間内の女子だけに向けられていた。
なぜそれがわざわざ優奈を呼び出して伝えられたのかはわからないものの
「へー、雑誌に載るって事?」
「いーじゃん♪」
「おもしろそー(笑)蘭も行こーよ」
「あたしはいいかな…あんまそういうの好きじゃないし」
「ライブには出てるのに?」
「それとこれとは全然違うでしょ」
「芽衣ちゃんは?」
「あたしもあんまり目立つこととかはちょっと…」
「そっか、じゃあ4人で行く?」
「男子高校生バージョンはないの?」
「…あったとしても康太に声はかかんないって」
「担任が言いに来るって事は学校に依頼があったって事でしょ」
「うん、なんでか知らないけどあたしの名前出してきたって…」
「いつ?」
「急なんだけどあさっての放課後。学校終わったらそのまま行くみたい」
すると勝也の方を見て
「…って事だからあさって行ってくるね」
「わかった」
2日後の放課後になり
「そんなに遅くならないと思うから終わったら連絡する」
「あぁ気ぃつけてな」
いつ振りかわからないほど久しぶりに別々に帰ることになる。
少し寂しい気持ちもありながら久しぶりに4人で行動する楽しさもあった。
「なんていう雑誌?」
「知らない…向こうで聞こ♪」
「今日からあたしの芸能生活が始まるのかぁ(笑)」
「…千夏、すごい勘違いだね」
電車に乗り街の方まで出る。
指定されたビルは相当大きく
「うわぁぁぁ~…こ、こんなトコ?」
「なんかマジもんだ…」
緊張しながらそのビルに入り受付でその内容を話すと担当者らしき人物が迎えに来た。
「あ~わざわざありがとね。じゃあついて来てくれる?」
アッサリそう話すとカードリーダーゲートを通って中に入り優奈達を連れて高層階へと上がっていった。
そしてある一室へと入れられ
「ちょっとここで待っててくれるかな」
それだけ言い残して出ていった。
少し広めの会議室のような所で4人だけ残され、そこからひたすら待ち時間が始まった。
もうかれこれ1時間以上になる。
その間誰もこの部屋を訪れた者はいない。
「ねぇ…いくらなんでもおかしくない?」
不審に思い始めた頃、我慢できずにトイレを探しに出て行っていた千夏が戻ってきた。
「ちょっと…今トイレの近くにある喫煙室ってトコにこないだの西野 美緒のマネージャーが入ってったんだけど」
「…え?」
「間違いないの?」
「うん、間違いない。あたしスッゴイあいつにムカついてたから絶対見間違いじゃないはず。それにあたしの顔見てサッと顔そむけたし」
「ねぇ優奈…今日のそのインタビューってなんてトコからの話だった?」
「え~っとたしか…コンテンツなんとかって…」
するとみさがスマホで検索し始める。
そして
「やっぱり…㈱コンテンツ1。西野 美緒の事務所だよ」
「え…でもなんで…」
「インタビューとかウソなんじゃない?」
「でもなんでわざわざ…」
するとハッとした顔で優奈が目を見開き
「…ひょっとして狙いは……勝也…」
「え?な、なんで勝也?」
「わかんないけど…なんかイヤな予感がする…」
そういうと荷物を持って部屋を出る4人。
そして千夏が言っていた喫煙室へと向かう。
ちょうどその部屋の前に来た時、扉が開き…出てきたのは本当に、勝也を停学に陥れようとしたあのマネージャーだった。
「おっ…と…」
「…どういう事ですか」
「何がかな?」
「雑誌のインタビューって言われてここに呼ばれてきたんですけど」
「…あぁ…ならそうなんじゃないの?」
「もう1時間以上も待たされてるんですけど」
「…この業界ではよくある事だよ。みんな大忙しなんだから待ちが長いのも仕方ないんだ。まぁ『素人』さんには分からない世界かもしれないけどね」
「何こいつ、また……」
「こいつ?君たちの学校は本当に言葉遣いを教わらないんだなぁ可哀想に…」
またもや一触即発の空気が流れる。
するとキレるだろうと思われていた優奈が
「なのにあなたはヒマそうですね」
「まぁ忙しくしてるのは下っ端だよ。俺みたいな偉いさんはそんなに…」
「たった今、美緒さんが大変な事になってるのに?」
「…え?」
「大人数に囲まれて収集つかないみたいですよ。ケガでもしてなきゃいいけど…」
「なんだと?!だからあんな低レベルな高校なんかに行くなって…」
「へぇ~…やっぱりウチの高校に行ってるんだ」
「何……騙したのか?!」
「おかしいなと思いましたよ。騙したのはそっちですよね」
「ふん!まぁ近くに下っ端待機させてあるからそいつに連絡して…」
「狙いは……ウチの松下ですか」
さすがに少し沈黙が続く。
「…タレントに気分よく仕事させるには多少のワガママは聞いてやらないといけないんだ。この前のあのガキに会わせなければ次のドラマの仕事は受けないとかゴネるから仕方なく許可しただけだ」
「…ガキ?誰の事ですか?」
「俺を殴りやがったあのガキだ!」
「あぁ、あなたよりはるかに大人なあの『ガキ』ですね」
「…なにぃ?」
「あなたはその『ガキ』に『クズ』呼ばわりされてた人ですもんね」
「ふん!どいつもこいつも…まぁいい。どうせお前は美緒がヤツを口説く間いてもらっちゃ面倒だから引き離すために呼んだだけだからな」
「……口説…く?」
「美緒は欲しいものはどんな手を使っても必ず手に入れるヤツだよ。まぁ1、2度寝ればすぐ飽きるだろう。それまでちょっとの間お前は目をつぶってればいいんだ」
「……寝る?」
「おっと…まだ子供には理解できなかったか」
ハッとした表情で走り出す優奈。
今にもマネージャーに殴り掛かりそうな表情のみさ達も慌てて後に続く。
だがピタッと優奈が足を止め
「マネージャーさん…名前何て言うんですか?」
「負けを認めたか(笑)…俺は矢嶋っていうんだ、よぉく覚えとけ」
「矢嶋さん…しっかり覚えましたよ。あと2年、いや1年以内にあなたを死ぬほど後悔させてみせます。あたしの名前は『安東 優奈』…よぉく覚えといてください」
それだけ言葉を残すとまた走り出した。




