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106 子供 ②

 勝也だけが出ていった教室。


他の同級生の耳にも入ってしまってはいたが、勝也のあまりの激怒にみんなその場を動けなかったようだ。


「ごめんね?何もあんな言い方しなくてもいいのに…」

「…ちょっとキツかったね」


「そうかなぁ」


芽衣だけが勝也を肯定した。


「確かに言い方はちょっとキツかったかもしれないけど…でも松下クンは間違ってないと思う。それにあたしもちょっとだけ、なんで岡島クンは黙ってるのかなって思った。松下クンは岡島クンのその態度が許せなかったんだよ。生まれてくるはずの命を奪う権利は無いってのは確かに2人に向けて言ったんだと思うけど、でもそれ以外は…一言だってありさちゃんの事は責めたりしなかったよ?」


「……あ……」


確かに勝也は康太にだけ目を向けて怒鳴った。

そして最後は優奈にありさの事を気遣うよう言い残していった。


子供が出来てしまった事ではなくありさにだけ責任を押し付けたかのような康太のその男らしくない態度にキレたのだった。


「確かに…言われてみりゃホントはお前が話すべき事だったんじゃねぇか?」


「康太は説明どころか言い訳しかしてねぇよな」


まだ地べたに座り俯いたまま言葉を発しない康太。

そしてようやく涙を堪え始めたありさ。


「親には言ったの?」

「…まだ…」


「ホントに堕ろすにしたって高校生なんだから親の承諾とか要るんでしょ?」

「とにかくまずは康太がちゃんと挨拶に行って正直に話すべきだよ」


徐々に人が減っていく教室内。

最後にはこの仲間たちだけとなった。


どうしていいのか分からずただ俯いているありさに優奈がそっと肩を抱き


「どうしてもお金が必要ってなったらその時はなんとかするよ。でもその前にやらなきゃいけない事があるんじゃない?」


「……うん…」


2人で話す時間を与える為、康太とありさを残し全員がカバンを持って帰宅の途に就いた。


学校の敷地を出てからも仲間たちの間に会話はないままトボトボと歩く。


すると陽平が口開いた。


「親友……か」


「ん?」

「なんかさ、1年のあの頃…優奈が勝也の事追いかけ始めた頃だよ。あの頃の事思い出したらさっき勝也が康太の事を親友だと思ってたって言ったのが不思議でさ」


「確かに…あの頃は康太も本気で勝也の事嫌ってたし勝也だって康太どころかウチら全員にも壁作ってたしね」


「岳以外誰とも話したりしてなかった頃だろ?」

「僕は学校以外のトコで勝也と知り合ったから…」


「それが今じゃこれだけの仲間のど真ん中にいて…」


「アイツ本気で怒ってたもんな」


「前にあったじゃん、転校生の…なんてヤツだっけ?優奈に付きまとったヤツ。あの時勝也言ってたもんね…『俺の女』と『仲間』に手ぇ出したら次は殺すって」


「勝也は本当に『仲間』が大事なんだよ」

「親友だと思ってたから余計に許せなかったんでしょ、康太の態度が」


優奈だけは口を開かずみんなの会話を聞いていた。


勝也があれほどキレた本心が今では理解できる。

子供が出来てしまった事に対して自ら矢面に立ってありさを守り、責任を取ろうという意思が見えなかった康太に対しての本気の怒りだった。


自分達だってその可能性は無いとは言えない。

いくら気を付けているとはいえ100%だという保証はどこにもない。

少なくとも学生でいる間は…そんな事を考えていた。


勝也は島村の店でバイトだが優奈は休みの為そのまま買い物をしてアパートへと帰り夕飯の支度を始める。

するとスマホが鳴り


「…もしもし……」


「どう?大丈夫?」

「うん…今日はごめんね」


「ありさが謝る事じゃないでしょ…康太とは話したの?」

「話した。…ねぇ今から行っちゃダメ?」


「いいよ、アパートの方にいるからおいで」


しばらくするとインターホンが鳴った。

優奈がカギを開けると


「あれ康太は?」

「とりあえず今日は帰った」


「そっか…上がって?」


ありさをリビングへ通す。

それから向かい合って座ると


「康太、大丈夫だった?」

「…うん。相当ヘコんでたけど」


「ごめんね、まさか手まで出すとは思わなくて」

「ううん、逆によっぽどこたえたみたい…勝也に殴られたの初めてだったから」


「ホントはあっちゃダメな事なんだけどね」


それから少し沈黙があって


「ねぇ…あたしどうしたらいいのかな」

「どうしたらって…それよりありさがどうしたいのかでしょ?」


「そりゃ今子供生まれたって育てていけないのはわかってるけど…」


「康太はどう言ってるの?」

「よくわかんない。『どうしよ、どうしよ』ばっかりで…」


「はぁ……そこが勝也が一番怒ったトコなんだよね」

「うん…それはわかってる。でも正直勝也の言葉は嬉しかった」


「嬉しかった?」


「…うん…辛い思いするのはありさだけだって…。康太は子供が出来ちゃった事だけを必死に悩んでるけど勝也はあたしを気遣ってくれたから」


「…そっか」


まだ結論は出ていないが行き場が無くて優奈のところに辿り着いたようだ。

それから少しだけ話をして


「とにかく親に話すのとこれからどうするのかだね。あたしで良ければいつでも相談乗るから」

「うん…ありがと」


少しだけ笑顔を見せるようになったありさを見送った。


その後、夕飯の準備もそこそこに一人リビングに座って考えこむ優奈。


窓の外は暗くなってきていたが、電気も点けずにしばらくすると


「ただいま」


「あ…おかえり」


寝室に入り部屋着に着替えて出てきた勝也。


「ねぇ、ちょっと座って」

「…あぁ」


まるでそう言われるのが分かっていたように素直に向かい側に座る。


「今日なんで康太に手を上げたの?」


「我慢できなかったから」

「でも友達でしょ」


「だからだよ。ただの顔見知りとかクラスメイトならそんな事しなかった。けどあいつだから…堪えきれなかった」


「やっぱりね」


「え?」

「本当は見捨てる気なんてないんでしょ」


「………………」


「でも…やっぱりどれだけキレてももう手は出しちゃダメ」

「…あぁ」


「たとえ友達じゃなかったとしても…相手が誰であってもダメ。約束して」

「あぁわかった」


「けど勝也の言ってることは間違ってなかったよ」


「え?」


「たぶんあの場にいたみんなが思ってた事だと思う。だから勝也が言ってくれて良かった」


「…そっか」

「でも殴っちゃったことは反省してね?」


「あ、はい…」


優奈も勝也が言った事は正解だと感じていた。

ただ暴力を使った事だけを怒ったのだった。


 翌朝、教室に康太とありさの姿は無かった。

まだ話し合いを続けているのかそれとも揉めているのか…。


敢えて誰もその2人に連絡を取らないまま昼休みを迎える。


口数も少ないままみんながご飯を食べ終わった頃、その2人が揃って登校してきた。

みんな無言のまま迎えるが昨日とは違いありさを後ろに従えた康太が


「…ごっ…ごめんっ!!!」


いきなり頭を下げる。その後ろではありさも頭を下げていた。


「…どうしたの?」


それから康太の口から説明を受ける……と


「はあぁぁぁぁ???????」


「出来てなかったって…どういう事?」

「いや、だから…ついさっき一緒に産婦人科行ってきたんだ。そんで検査してもらったら…その…出来てないって…」


「でも検査薬で…」

「検査薬ってのも100%じゃないみたいで…陰性が出てたのに実は出来てたっていう事はほぼ無いみたいなんだけど…陽性はなんかホルモンだとかなんとかの加減で出ちゃう事もあるって…」


「…なんだよおまえらぁぁ!!」


「ご…ごめんっ!!」

「ったく人騒がせな…」


「だからその…やっぱ学校には残ろうかなって…」


「は…残る?お前ヤメる気だったの?」

「そりゃぁ学校通いながら働いて子供育てるってのは無理じゃんか」


黙って話を聞いていた勝也の口元が少しだけ緩んだ。


「勝也、岳…俺にバイト紹介してくれないかな」


「バイト?」

「あぁ、その道に関してはお前らの方が詳しいだろ?」


「でも別に費用はいらなくなったんじゃ…」

「今回はそうだけどいつか金が必要な日が来んだよ」

「必要な日?」 


「いつかありさに今度は本当に俺の子供を産んでもらうんだ。それまで少しでも多く金貯めていつでも迎え入れられるように準備しとかなきゃ」


力説する康太の後ろでは目に涙をいっぱい溜めたありさが照れ笑いを浮かべていた。


「だったら最高にキツいバイト紹介してやるよ」


もう口をきいてはくれないだろうと思っていた勝也からようやく出た言葉に安心した表情を浮かべる康太。


「はぁ…とにかく何でもなかったんだから今日みんなでご飯でも行く?」

「おー!いいねぇ」


「あ、ごめん。今日はありさんチに行く事になってて」


「ありさんチって…お前初めてじゃ…」

「おぉ、ちゃんと今付き合ってること認めてもらおうと思って」


「なんだ…昨日までの康太はどこ行ったんだ?(笑)」


やっと和やかな空気が戻って来た。

そしてみんなの顔にも安どの表情が浮かんだ頃


「勝也…一つだけ聞いてもいいか」


「ん?」

「もしお前だったらどうしてた?」


全員の視線が勝也に向く。

それは仲間達だけではなくクラスの中にいた級友からもだった。


しばらく考えた後…


「この世に人間って、何億人…いや何十億人いんのか知らねぇけど、どうしても俺と優奈にしかできない事って2人の血を受け継いだ子供を産む事だけだろ?」


 ここからの勝也の言葉がこの話を聞いた周りの女子全員の心を掴むことになる。


「考えてみろよ。心の底から惚れた女が2人の血を持った子供を命懸けで産んでくれるんだぞ?男の根性なんて足元にも及ばないほどの苦しみに耐えて…ホントに命懸けでこの世に誕生させてくれるんだ。そんな女と、生まれてくる子供の為なら俺はどんな辛い事だって頑張れる。…泥水だって舐められる。優奈が命懸けで幸せをくれるなら俺はその幸せをこの先一生かけて命懸けで守る。そう思えたから俺はこいつと一緒にいるんだ」


その言葉はそこにいた全員の心に響き、涙を誘った。

それを黙って聞いていた優奈の頬にも静かに涙が流れ落ちる。


「やっぱまだまだお前には追い付けねぇや」


「あ~ぁ…なんか勝也の子供産みたくなっちゃったぁ」


「…え?!」


蘭の言葉を皮切りに周りの友人達が


「同感♪」

「あたしも」


「え?…ちょっと…」


「…ごめんなさい……あたしも思った」


最後には芽衣までもが同調し始め


「…ちょ…ちょっと!…絶対ダメェェェ!!!!!」


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