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102 衣装

 とある平日の夜中、自分の部屋のベッドで優奈は夢の中にいた。


その場面はあの慣れ親しんだライブハウスで、ステージではブランカが演奏している。

だがその空気はまだ優奈が勝也と付き合う前のもので、涼子やみぃも横にはいない。

ただ1ファンとして客席から声援を送っているという内容だったのだが…


ふと夢から覚める。

いつもならたとえ夢の中であろうがブランカのライブが見れたという嬉しさも感じるところだが、今日はなぜか腑に落ちない気持ちだった。


ステージにいたはずの勝也の姿に違和感があったのだ。

そこに間違いなくいた。いつものように楽しそうにベースを弾いていた。

だがどんな衣装でどんな顔だったのかがどうしても鮮明には甦ってこない。


なぜか急にものすごく不安な気持ちになった。

自分の頭に焼き付いているはずのシーンの中にいる勝也の姿がなぜ思い出せないのか…。


まだ外は暗いのだが体を起こしブランカのFINALライブのDVDを出してきて再生する。

何度も何度も繰り返し見たブランカ唯一のライブ映像。

このステージの内容はSyouのMCの一言一句まで完璧に記憶している。

そして勝也の姿もまた記憶通りである。

だが夢に出てきた勝也の姿は限りなく似てはいるがこれではない。


何かが違う。

あの夢の中に出てきた勝也はどこが違ったのか。

必死に記憶を引っ張り出してきてもその答えは見つからなかった。


結局目が冴えてしまいそのまま起きることにした。

まだ家族も寝ている中で出来るだけ音を立てないように弁当を作る。

その途中も頭の中はずっとボヤけた勝也が浮かんでいる。


あまり早くに起こすと機嫌が悪いためいつもの時間まで待ってから家を出た。

そしてアパートに着くと静かに部屋に入る。

いつものように飛び乗って起こすのではなくしばらく勝也の寝顔を眺めてみたが、その寝顔もいつもと同じでその顔から連想するステージ上の勝也もまた自分の記憶の中にいるあのKATSUYAである。


「おはよー、朝だよー」


「…ん~……ん?…あれ?」

「なぁに?」

「起こし方が優しい…なんかあった?」


「じゃあいつも通りでいきましょう。起きろぉ~!!」


そういうともう目覚めている勝也にいつものように飛び乗って暴れる優奈だった。


毎日のルーティン通り、勝也がパンを食べている間にゴミをまとめたり洗濯物を取り込んだりしてから寝室へと布団を直しに行く。

その時ふとクローゼットを開けた。

その中にはハンガーにかけた服の列の端っこに勝也のステージ衣装がかけてある。


一番多く見たであろうエナメルのショートライダースや黒のシャツなど、どれも見覚えのある衣装ばかり。

だがそのどれを見ても夢の中のKATSUYAと完全には一致しなかった。

そこへパンを食べ終えた勝也が着替えに来て


「どーかした?」


「ううん、そろそろ冬物しまわないとなぁって」


勝也の着替えを待ってからアパートを出る。

いつものように会話は出来ているものの優奈は正直不安になってきていた。

勝也と出会ってからの記憶はハッキリとある。

勝也がとっくに忘れてしまっているような細かい事まで優奈の脳裏には残っている。

そしてその愛情も強くなる一方で薄れることなどまったくないはず。

なのに勝也の事に関してたとえ夢の中でのシーンとはいえ思い出せない事があるという自分が許せなかった。

 

隣を歩きながらその横顔を見つめていると


「なんなんだよさっきから」


「ん?なんでもなーい」


本人に聞いてみるという選択肢はなかったがどうしても答えを見つけたい。

そしていつものように思い悩むととことん考え込んでしまう優奈。


学校へ着くとJUNCTIONの面々に


「ねー、勝也のステージ衣装ってどんなの知ってる?」


「勝也のってあのエナメルの短いヤツじゃないの?」


「それ以外は?」


「それ以外って見たことないなぁ」

「あ、なんか黒のシャツで袖まくってるの見たことあるような…」


「…それ以外は?」


「勝也ってトレードマークみたいにずっとあのカッコであのkillerじゃなかった?」

「確かにそれがなんかこだわりっぽくてカッコ良かったけど…なんで?」


「…ううん…なんでもない…」


やはりみんなそうだった。

優奈自身もあのいつもの衣装以外は見た事が無いはず。


だとしたら、あの夢の中でベースを弾いていたのは誰なのだろう。

そんなことをずっと考えながら放課後を迎える。

 

今日は2人ともバイトの日で、一緒に電車に乗ってそれぞれのバイト先へ向かった。


「お前ホントになんともないの?」


「…なんで?」

「いや、なんか今日一日ヘンだぞ」


「そんな事ないよぉ元気だもん…じゃ頑張ってね」


精一杯の笑顔を向けるとそこで別れる。

バイト中は忙しかったおかげでなんとか乗り切ることが出来たものの、終了時間になると帰り支度もせずバックヤードの長椅子に座り込んでまた考え始めた。


「今度はなんですか?」


「…涼ちゃぁん…勝也って最初はどんな衣装でライブ出てたの?」


「衣装?最初の頃かぁ…こっちに引っ越してくる前からライブには出てたけど最初はみんなが自分の衣装とか持ってきて着せてたから色々だったよ」


「それってまだ中学生だった頃でしょ?」

「うん、ライブに出るだけの腕はあったけどステージ衣装まではさすがに持ってなかったからさ」


「高校上がってからは?」


「たしか卒業祝いか入学祝いで叔母さんに買ってもらったのがあのエナメルのヤツだったから高校上がってからはずっとアレでしょ」


「他には?」


「あとはあの黒いシャツぐらいじゃない?それ以外は見たこと無いと思う」

「…そっかぁ…」


椅子に座ったまま伸ばした両足をパタパタしている。


「なんなのよ、なんか気になる事でもあんの?」


「う~ん…気になるっていうか、誰に聞いても勝也の衣装ってそれだけなんだよね…」

「それ以外持ってないからでしょ」


ブランカの歴史をずっと見てきた涼子に聞いても答えは出なかった。

帰り支度をしてトボトボと電車に乗って家へと向かう。

ただ単に夢に出てきただけ…それが現実にあった事なのかどうかさえもわからないのに、優奈の頭の中はそれで一杯だった。


アパートへ到着するとそのまま寝室へ入りまたクローゼットを開ける。

そして勝也のステージ衣装を出してみた。

布団の上にあのエナメルのライダースとその下のエナメルパンツをセットにして並べてみる。


「やっぱこれだよなぁ~…」


この衣装を見ただけでも数々のライブの風景が思い出される。


勝也と出会ってから以降のブランカのライブは全て見てきた。

見落としなど1回もない。

なのになぜ自分の頭の中に違う勝也がいるのだろう…。

ジッとその衣装を眺めたまま時間だけが過ぎていった。


「ただいま」


「えっ?…あっ!…お、おかえり!!」


「何びっくりしてんの?」

「いや、あの…早いなと思って」


「今日は早上がりだって言ったろーが」

「そ…そーだっけ」


「やっぱお前今日はなんかおかし……その衣装がどうかしたか?」


「え?あ、えっと…ごめん…」


「別に謝る事じゃねぇけど。ハラ減った」

「…あ…」


「てめぇ、張り倒すぞ」

「すぐ作る…」


「ったく…」


それから台所で2人で夕飯を作り始める。

適当に食材を出して久しぶりに共同作業を進めていくウチにもう我慢の限界になった優奈が


「ねぇ…」


「ん~」


「勝也ってさ…あたしと付き合ってからさっきの衣装以外でライブ出た事ある?」

「ん~…無いんじゃない?上着てるか着てないかぐらいの違いだろ」


「だよね…本人が言うんだからやっぱ間違いないんだ」


「なんで?」

「ううん、なんでもない」


「なんなんだよ、ヘンなの」


それから出来上がった夕飯を並べて食べ始める…が、やはり優奈の表情は浮かない。


「そろそろ白状してみろ、なんなんだ?」


「…ん~…あのさぁ……」


それから優奈は昨日の夢から始まった一日を話し始めた。


「やっぱ、あたしの勘違いだったみたい…」


「クックック♪」


笑いだす勝也。それを見て


「笑わなくてもいーじゃん!ホントに悩んでたのに…」


「まだ付き合う前って言ったよな?」

「え?…うん多分…」


すると


「いつまでもそんな辛気臭せぇ顔されてても困るから解決してやろーか」


「……え?」

「ちょっと待ってろ」


キョトンとした顔の優奈を残して寝室へと向かう勝也。

すると少しして


「おーい来てみな」


勝也に呼ばれて優奈が寝室へ向かう。

扉を開けると


「…う…うわぁ…」


そこには上だけさっき優奈が出していたあのステージ衣装に着替えた勝也が立っていた。


「…KATSUYAだぁ……」


急に目に涙を溜める優奈。

それはずっと自分が見続けてきたブランカのベーシストだった。


「でも夢で見たのはコレじゃないんだろ?」


「…う…うん…」

「じゃあコレなら?」


そう言って勝也が後ろに隠していたモノを出し、頭に目深にかぶる。


その正体はウエスタンハットだった。


「…あ……あーーーーーーーーーーーっっ!!!!!!!」


それは優奈の夢に出てきた勝也そのもので、ようやくあの夢の中でのステージ上にいたKATSUYAがはっきりと思い出せた。


「そ……それ……」


「お前が俺の事見つけた時、あの時のライブで1回だけこれかぶって出たんだ」


「…1回だけ?」

「あぁ、確かあんときおでこにでっけぇニキビ出来ちまってよ。メイクでも隠せそうになかったから急いで買いに行ったの(笑)」


そうだ…初めて先輩にブランカのライブに連れていかれた時、この下半分しか見えない顔を見ただけで勝也だと気づいたのだった。


「やっぱり夢じゃなかったんだ…」


心の中のモヤモヤが晴れたのと勝也を初めて見つけたあの時の気持ちがよみがえり、ポロポロと涙をこぼす優奈。


「泣くことねぇだろ」

「だってぇぇぇ……」


「しかしこんなたった1回しかかぶってねぇハットよく覚えてたな」


するとそのハットを優奈の頭にポンとかぶせ


「お前にやるよ」


「……え?」


涙をこぼしながら顔を見上げる。


「ダ…ダメだよ、こんな大事な…」


「1回しかかぶってねぇって言ったろ?それに今更だけどお前が俺の事見つけてくれたご褒美だ」


「…え……」

「お前にとっちゃ夢に見るほど大事なライブだったみたいだしな」


「…ふ…ふええぇぇぇぇぇぇん……」


「また泣く」

「…だってぇぇぇぇぇ……」


幻でもなんでもなく、ただ初めてKATSUYAを見つけたあの時の光景が夢に出てきただけの事だった。


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