おふだ缶コーヒー
「今日も練習? 精が出るわね」
境内の掃き掃除の途中、お寺の脇にある墓地の前で、私はお供えの缶コーヒーに手を伸ばそうとしている中学生くらいの少年に声をかけた。
普通であれば墓泥棒として即通報ものだが、彼の場合事情が少し特殊だ。
「またねーちゃんか。止めても無駄だぜ」
「は? 止めないし。好きにやれば。まあ、幽霊の君がどうして缶コーヒーにこだわってるのかは知らないけど、そういうの嫌いじゃ無いよ」
いわゆる見える人である私にとって、幽霊の少年が自分のお墓に供えられた缶コーヒーを飲もうと悪戦苦闘しているのは日常茶飯事のことだ。
今日もきっと、いつもと同じように私の日常は過ぎていく。
そう思っていた矢先、プシュッという小気味よい金属音が境内に響き渡った。
「やった……出来た……よっしゃあぁぁぁ!」
思わず振り返ってみれば、幽霊の少年が缶コーヒーの前で絶叫しながらガッツポーズをしていた。
「うそでしょ……」
死後数百年の時を経た能力のある幽霊ならまだしも、彼は新参者だ。普通ならありえるはずの無い光景に、思わず私は呆然として少年を見つめた。
――でも、彼の頑張りはそこまでだった。
強力な思念で開栓は出来たものの、飲むことはおろかその手に缶コーヒーを持つことさえ、彼には叶わなかった。
歓喜の絶叫が絶望の慟哭へと変わる。
どんよりとした重たい空気を感じ取り、私は彼の横へと歩み寄った。そして、真新しいお墓に供えてある缶コーヒーに手を伸ばし、くるくるっとそれにおふだを巻き付けた。
「これで持てるよ。あなたの頑張りに特別サービス」
私の方を見ていた幽霊の少年の手が恐る恐る缶コーヒーへ伸ばされ、確かめるようにそれを1口飲み込んだ。
しばらく味の余韻に浸った後、彼は私に向かって深々と頭を下げた。
「ありがとう、ねーちゃん」
「どういたしまして。40年だっけ? お供えに缶コーヒー持ってきてくれるお母さん、だいぶおばあちゃんになったね」
「うん。俺が死ぬ間際に缶コーヒー飲みたいって言ったからずっと持ってきてくれてた。だから、なんとしても飲みたかったんだ」
そう言った後、彼は缶コーヒーを飲み干し、栓を折って缶の中に入れ込んだ。そうするのが、彼の癖なのだそうだ。
「……お母さん気付いてくれるといいね」
そして、私は慈しむように缶コーヒーを見つめる彼の横を後にした。