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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

プロセントシリーズ

Chris Callas_Balberithの産声

作者: サモエド



「我々が書き記したものが、

         我々にとっての真実となる」 

            -(作者不詳)『真贋』




挿絵(By みてみん)


 午前2時、廃教会。横たわる少女の肌は絹のように白くなめらかだった。

 少女の横たわる台座の周りにはところ狭しとロウソクが置かれ、彼女を中心に描かれた不気味な幾何学模様を床に照らし出している。模様──俗に魔法陣、などと呼ばれるその模様は赤い液体で描かれており、真上から見たときに形が成り立つよう、台座、ロウソク、そして一糸纏わぬその少女の肌の上にもまた赤い線が走っている。

 本来であれば礼拝者が見上げたであろう聖母のステンドグラス越しの月光は、異教徒たちに占拠された教会の有様をまざまざと浮かび上がらせる。20人弱、その者たちは皆一様に黒いローブを纏い、その表情を伺うことはできない。元々礼拝者らが座っていた長椅子は取り払われ、奇妙な儀式用の器具と共に魔法陣を囲むようにローブの人間たちが跪いている。

 そのうちの一人が立ち上がり、その手に持った古めかしい金属のゴブレットを掲げた。その内には波打つ赤ワイン。これを横たわり目を瞑る少女の口内に注ぐことで、彼らの悪魔召喚の儀式は完遂される。彼らの主、Balberith(バルベリト)の降臨を前に、廃教会の底冷えする空気に緊張が走る。

 ゴブレットを掲げる男が嗄れた声で言う。


「我らの船の完成は目前…この喜ばしき日に、我らの王もまた復活を遂げる…!」


 ゴブレットの中で震える赤ワインが煌めく。ワインの水面には鏡めいて上下逆さの聖母が映る。次の瞬間、()()()()()()()()()()()()

 異教徒たちが見上げるのと同時に、長い歴史を持っていたであろうステンドグラスは無残にも砕け散った。

 降り注ぐ色硝子の破片にローブの人間たちが後退る。その空いた空間に、聖母の残骸を踏みつけて降り立つ者がいた。


「やってるね。今日も元気に悪魔召喚かい」


 ハスキーな女の声がその場にそぐわぬトーンで放たれる。長身、金髪、中性的な見た目をした女の纏う外套は、黒く染めた白衣。彼女がガラスを突き破る際に使った射出フックロープが巻き取られていく先には巨大な銃、6連銃身リボルバー(PepperBox)ショットガンが彼女の手に握られていた。


「お前ら全員中身は悪魔だろ…話が早くて助かるよ」


 まるで友人に接するかのように話す彼女の名は、Chris(クリス) Callas(カラス)


「全員まとめて、ブチ殺したらいいってことだもんな」


 俗に言うエクソシストである。



 ………



 ゴブレットを持っていた男がその手から金属の器を落とした。反射的に後ずさったせいで、既にゴブレットの中身はこぼれて男のローブに大半が吸われてしまっていた。

 男が怒気を孕んだ声色で言う。


「…貴様が例のエクソシストか。同胞の命をさんざ奪った上に、我らが王の降臨の儀式まで妨げるとは。これ以上は看過できぬ…!」


 クリスは20余りの敵意を飄々と受け止め、リボルバーショットガンの長大な銃身を(もた)げさせる。腰に巻いた弾帯(Bandolier)からいくつかの弾薬(Shot Shell)を抜くと、鉄筒を6つに束ねてできたPepper boxの銃身を手首のスナップでカクンと倒し筒の後ろを開口させた。

 ガチリガチリと音をたて弾薬を装填していきながらクリスは声を返す。


「こっちも人死にが出てるんでね。それに、子供をひん剥いて儀式の道具にするような奴らはそれこそ許されないと思うんだよね」


 後方に横たえられた少女をちらと見た後、クリスは自らの足元から前方に無造作にショットガンを放った。悪魔と呼称された者たちがどよめき、怒りを露わにする。放たれたのは散弾ではなく、詰められた水分が協会の床を濡らしていた。

 ローブの男が忌々しげに口を開く。


「聖水か。エクソシストらしいと言えばらしい…進んで触れたいモノではないが、それを我々に直接当てたところで、大した効果はないぞ?知った上での挑発なら…」


 男は勢いよく右手を振り抜く。その拍子に浮かび上がったフードの中の眼は、常軌を逸した目つきをしている。


「受けて立とう!!」


 男の合図を受け、一団の中から2名が飛び出し人間の限界を超えたスピードで駆け出す。協会の両端から周り込み、クリスを両脇から挟み込まんと速度を上げていく。対するクリスはショットガンから排莢し、「しょうがねえや」と呟きながら腰の弾帯に手を伸ばした。

 2名が唸り声をあげながら迫る。

 クリスの耳に装着された小型受信機がBEEP音を発する。手に持つ巨大な銃を真上に放る。

 次の瞬間、クリスは身を翻し右から来た男の腕を掴み、同時に左から来た男の首を押し、ベクトルをずらして回避、そして2名を正面衝突させた。


「ごァ…ッ!!」


 衝撃に鈍い声をあげる2名。右手で宙に放っていたショットガンを振り返りながら左手で掴み、エクソシストはそのまま2名の重なる頭に銃口を突きつけ、放った。


 BLAM!!


 ドパン、とスイカを砕くような音で、2名の頭部は一瞬で散り散りになる。聖水の染みた協会の床に、力を失った2つの死体が投げ出された。スラッグ弾を放った8ゲージの銃口と、クリスの据わった目が悪魔たちを見据える。


「聖水が効かないのは知ってるよ。だから実弾(コイツ)が必要なんだ」


 そう言うと、彼女は散弾銃に備え付けられたフックロープを天井へ射出し飛び上がり、大胆にもローブの者たち20人弱のど真ん中へと降り立った。


「こいつ……狂っていやがる…!!」


 降り立ったクリスを包囲しながらも、ローブの男は手をわなわなと震わせる。クリスは常に周囲に目を配りつつも、そんな素振りは見せずに懐から煙草を取り出し、金属製のライターで火をつけた。


「あんたらに言われたらお終いだね」


 煙を吐くと、クリスはショットガンの銃身に刻印された幾何学模様を指でなぞった。



 ………



 廃教会は燃えていた。

 イングランド中部の田舎の村にはそぐわない、惨劇の気配が立ち込めている。


「ありゃ。お迎えを呼んだ記憶は無いけどな」


 教会の少し離れた場所に止めてあった車の前に、スーツ姿の男が一人立っているのを見つけてクリスは立ち止まった。これといった特徴のないイギリス系の男の名はリー・J・キンダーマン、MI6の捜査官でクリスが過去に悪魔の攻撃から守ってやったことのある男だった。その時の恩から、悪魔祓いの過程で起こるクリスの違法行為をできるだけ揉み消してくれようとする。

 リーはクリスが来たことに気づくと、呆れたように燃え上がる教会に目を向けてから、クリスへ視線を戻す。そこでリーはクリスの腕の中に黒衣に包まれた少女がいることに気がついた。


「アンタ、今日という今日は…って何だよその子供。生きてるのか?」

「生きてるよ。生きてるけど安心とは言えない。一旦引き取って、私のところで経過を見ようと思う」


 クリスは少女の肩から落ちかけていた服を寄せる。少女を包んでいる服から露出した少女の肌には、魔法陣の一部を成していた赤色の帯が刻まれていた。


「またそんな勝手な…身元の照合だけでもさせてもらうからな」

「身元の照合と言っても、この子は何にも持ってないどころか服すら着てなかった。身元の確認できるものなんて無いよ?」

「顔写真だけでもあれば、今出てる行方不明者のリストと照合できる。俺程度でもデスクワークの奴らに分厚い行方不明者リストを捲らせるくらいの権限は持ってる」


 リーは携帯端末を取り出すとシャッターを切る。一瞬のフラッシュで、少女の頭に貼り付けられた奇妙な紙片が照り返した。

 クリスが少女を後部座席に横たえるのを見ながら、写真を確認したリーが怪訝な顔で問う。


「なんだよこれ。東洋の…お札?エクソシストはこんなものまで使うのか」

「使えるものはなんだって使うさ。それが今一番有効だからそれを使った、ただそれだけ。東洋の漢字、というのは機能性が高いからね。文字は記号、記号とは意味、この世界において純粋な意味ほど強いものはない」

 そして純粋な意味は、歴史によってのみ形作られる。そう呟くと、クリスは後部座席のドアを閉め、運転席に乗り込もうとする。


「あっ、オイ。待てったら」

「なんだい、ホントに運転してくれんのかい」

「違う…いやまあしてもいいが、とにかく、今日は話してくれるまで付いていくからな」

「何を?」

「全て。アンタが何者なのか、悪魔とかいう化け物は何なのか、アンタが俺を助ける時に使ったおかしな術は何なのか」

「全て、ね」


 そのままクリスは運転席に乗り込む。慌ててリーは回り込んで助手席に乗り込んだ。


「あの時アンタがいなきゃ俺はたぶん死んでた。その時の恩でアンタの違法行為を揉み消しちゃいるが、それにも限界がある…」


 リーはクリスを真っ直ぐに見て話した。前を向き煙草を咥えるクリスの目は、前髪に遮られて見ることはできない。


「なあ、頼むよ、アンタを捕まえたいわけじゃないし、アンタが悪魔にねじり殺されるのが見たいわけでもない、ただ真実を知る必要があるんだ」

「暦史書管理機構」

「は?」


 唐突な聞き覚えのない単語に面食らうリー。煙の上がる煙草を指に挟み、クリスはフロントガラスの向こうの闇を見ながら言葉を続ける。


「暦史書と呼ばれる機密の隠蔽保管を目的とする各国に支部を持つ巨大な秘密組織。各支部の基本的な組織構成は総務部、人事部、財務部、諜報部、情報部、暦史書管理部、異能対策室…これらの上に理事が立ち、各支部の理事たちにより理事会が構成される」

「え…おい、ちょっと待てよ」

「それとは別に研究局もある。イデア研究、異端書研究、外宇宙研究、心理学、哲学、歴史学、政治学、言語学…研究局に支局の隔たりは無く、名目上は理事会のさらに上に存在する十二使徒の直属組織、という扱いになってる」

「アンタさっきから何の話をしてんだよ!?」

「世界の裏側の秘密組織の話さ」


 クリスはリーの目を見た。口の端を上げてはいたが、彼女の目は少しも笑っている様子は無い。ただならぬ様子にリーはたじろぐ。


「…そんな組織、聞いたことないぞ」


 視線から逃れるようにリーは取り出した携帯端末に目を落とす。その携帯端末とリーの顔の間に、クリスは火のついた煙草を差し込んだ。


「おっと」

「なんだ、やめろ!俺は吸わないんだ」

「検索するのはやめておけ。機構情報部のウェブクローラに見つかるかもしれない。そうなったら私もお前もアウトだ」


 リーの方へ伸ばした腕を戻して、クリスは細い煙をなびかせる紙筒を吸う。


「MI6のデータベースでもやめておいたほうがいい。お前の権限じゃ検索結果は出ないだろうし、その行為でお前が組織内で危険分子扱いされても責任はとらないからな」


 そう言い放つと、備え付けの格納型灰皿に煙草をねじ込み、エンジンを掛けた。リーはゆっくりと携帯端末をしまい、数秒口を噤む。そうした後、恐る恐るといった様子で口を開いた。


「…まだ信じちゃいないが、なんだってアンタはそんなことを俺に教えた?」

「全てを知りたがった代償…私のこと、私の知ってる世界を知るかわりに、お前は私に従わなければならなくなったってわけだね」


 車が動き出した。後部座席の少女に気を遣ってか、ゆっくりとした始動で、スピードも出す気配はない。車は徐々に教会だった火柱から離れていく。


「情報は時に劇薬になる。お前は知ってしまった。それがバレてしまえば、お前は途端に世界規模の秘密組織から狙われることになる。もちろん、情報を漏らした私もね」


 秘密の共有によって、強制的に相手を従わせる。綱渡りの上で、相手と自分の体を情報という縄で結び繋げるようなリスクの高い交渉だった。

 リーは前髪をかきあげて力なく座席に寄りかかると、投げやりな調子で毒づく。


「クソッ…その話が真実だと認めたくないが、安易に否定もできないのが厄介だな…。だがなぜアンタがその世界の話を知ってる?俺だって英国の秘密情報部(MI6)の一員なんだぞ、それよりも更に深い世界の住人だってのか」

「正確に言えばだった、だね。一昔前までは暦史書管理機構研究局にいたんだけど、除名処分されてしまってね」


 黒で塗り潰されたイングランド中部の田園風景が流れていく。リーは車内に滞留していた煙を流すために助手席の窓を少し開ける。


「除名処分にも色々あるが、私は口が固いから、今のところ狙われるようなことにはなっていない。お前も口が固いだろう?」


 そういってクリスは少し笑った。冗談じゃない、と言いたげな表情で、窓からの夜風に吹かれながらリーは細く息を吐く。クリスは新たに煙草を咥えて火をつけると、運転席の窓を開けた。


「私はお前らとの協力を必要としてない。お前は私の言うとおりに私に利用されていればそれでいい。悪魔のことを心配するのはお前らの仕事じゃないってことさ」


 運転席の窓の先の、夜闇のその先を刺すように見る。この星の上で暗躍する、悪魔たちの闇の指先を。


「悪魔の存在の確固たる証拠、そして対抗策まで引っさげて、私は暦史書管理機構に戻る。人類が悪魔に打ち勝つ道は、そこにしか残されていないからね」


 後部座席では、外套にくるまった少女が横たわっている。その少女の手は、苦しげに外套の端を握りしめていた。


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