ネズミの進化
全力で追いかけていた白髪の男が、視線の遠くで崩れ落ちる。
シャムはとっさに建物の陰に隠れ、何が起こっているのか伺った。
バカが一人死にかけてて、あとフリーズしてるやつが一人、今しがた崩れ落ちたやつが一人。
魔法使い…いや魔法戦士っぽいなー。生意気な。勝てない……とは思いたくないけど、こっちもケガするのはムカつくしなー。
「まだネズミのお友達がいるようだね?」
仕方ないか。シャムは、帯剣を背中に隠しつつ姿を見せる。
現れたエルフに、クロトは一瞬驚いたようだが、セスから奪い返したワンドとダガーの両手持ちに切り替えた。それを見て、シャムは茫然自失しているランスからその杖を奪い取る。
「エ ル フと魔法で殺りあってみるって?」
ニヤリと笑って、シャムは杖を振り上げた。
と同時に、クロトは素早く距離を詰め、シャムが持つ杖をダガーを持つ手で力任せに弾き飛ばす。
杖がなければエルフの魔法威力でも、自分の抵抗力で簡単に止められる。見ればなかなかの上玉じゃないか、手足の腱でも切って売り飛ばしたらかなり美味しい思いができそうだ。最後にラッキーなボーナスが来たねえ!
「残念だったねお嬢さん」
「そうね、残念!」
「アンタが器用貧乏なのがね!」
背中に隠したブロードソードを素早く抜き放ち、そのままの勢いでクロトの体を袈裟懸けに斬り下げた。
「バカ……な……エルフに一刀で……?」
倒れたクロトの喉元に、流れるような動作で刃を突き立て、とどめを刺す。
何もできなかった男たちは、それを呆然と眺めているだけだった。
***
「魔法結界は貼っててても、物理には役に立たないわよねえ」
オークだ。オークがいる。
魔法から解き放たれたセスだったが、流石にここで軽口を叩ける状態ではなかった。
「正直は美徳だけど、少し考えなおすことにしたのよ」
頭のいいオー……いややめておこう。俺死にかけてるし。
ようやく我に返ったらしいランスが、辺りを見回して口を開いた。
「そういえばカタールは……」
カタールの姿は、わずかな血痕を残したまま消えていた。
「話、できると思ったんだけどな……」
「そうね、キッチリ聞かせてもらわないとね」
あの“紛らわしい”とは何なのか。セスと自分を間違えた? 目ぇついてるのか。
ガン無視して行かれたのも腹立たしい。絡んで来られても困るけど。
杖を拾い上げて、ランスは大きな傷などないか確かめていた。
「あ、悪かったわ勝手に借りて」
「ああ、見たところ問題はない。ただ一応……形見の品なんでな」
「……ごめん」
「いや、こっちも……何も、できなかったから」
ランスの杖は、装飾など全くない、ともすれば大きな木の枝にしか見えない杖だった。先の方が大きく曲がっているところだけ、何か手を加えられているのが伺える。それを持ち直し、セスに向かって言う。
「どれくらい治して欲しい?」
「治せる……んだ?」
「アバラいってるみたいだから、まずはそこかしらね」
「全快で頼むわ……」
「早死にするぞ」
え? とセスが訝しむ。
「俺の魔法は神聖魔法とは違う。あっちは何かの神様の力を借りるけど、俺のは、簡単に言うと寿命の前借だ。全快できなくはないけど、5~6年縮むかもしれん。やるか?」
「遠慮しとくわ……」
5~6年が大した問題ではなさそうな二人に囲まれて、流石にそこは躊躇した。結局、骨折と打撲の一部を治療して、顔や全身のあざは残ったままになってしまった。
「うっわあ、すげえ。生きてる。ひどい顔になってるけど」
「あのさ……あれ、どうする?」
あれとは、クロトの死体である。裏通りに死体が転がっている街、というのは実はそれほど珍しくはないが、この街の治安は悪くないので見つかったときに騒ぎになる。
「えーと、こういうどん詰まりの場所には……あったあった」
道に鉄でできた蓋のようなものがある。下水路の入口だ。取っ手を引き出して、男二人でかろうじて開けると酷い臭いが立ち込めた。急いで死体を投げ込み蓋をする。
「本物のネズミに食われる最期、かあ」
「アイツ、人間のくせに魔力豊富だったからいいエサになるわね」
街の下水道に大型ネズミのモンスターが出るようになるかもしれない。でもそれは、別の冒険者の話。
シャムの袈裟懸けはクリティカルが3回くらい回ったんですかね。