窮鼠猫を噛め
シャムは一人で、裏通りを歩いている。
剣を持ったエルフなんか、売りにも何もならないことはわかっている。でも、自分をこう育ててくれた上に、木剣より重いものを振り回せなかった自分に可能性をくれた人たちがいる。それを捨てて、魔法使い向いてますよ、ハイ転職しましょう、という気にはとてもなれない。
人間は、年寄りは頑固だっていうけども、エルフはいつからが年寄なのかしら。
ふと、何かの気配を感じた。
剣に手を伸ばし、背後に向かって居合のように降りぬく。何者かの短刀が弾かれて地面に刺さった。何者か――カタールだ。
「アンタは!!」
「一緒じゃない!?」
シャムは次の攻撃に備え、今度こそ斬る気で構える。カタールの足元をつむじ風のようなものが舞っている。精霊魔法か、と構えを変えたところへカタールが一気に駆け込んでくる。思ったより速い。そのスピードで、
「紛らわしい……」
カタールはシャムを素通りして、風の精霊力の乗ったスピードで駆け抜けていった。
「な…」
完全無視された形で一人残されたシャム。え、ちょっと何? アンタが襲って来たんじゃないの?
「なんじゃそらああああ!」
そしてシャムも、カタールの後を全力で追った。
***
裏通りから、さらに奥まった路地のどん詰まり。
ガスッ、ガスッと、何かを蹴る音がする。
「さて、三下が何を盗った? おとなしく返せば楽に死ねるかもよ?」
にこやかに語りかけるクロト。その足元には、血まみれのセスが転がっていた。
「わざわざ……三下のためにご苦労さん……あんたみたいなのが来る仕事じゃねえだろ……」
「全くだね」
更にセスを蹴り上げる。あ、骨いったな……。
「余程エラいもの持ってっちまったのかねぇ。でなきゃ俺もわざわざこんなつまらねぇ仕事しにこないのにな」
さらに追い打ちをかける蹴りを、ヤケクソで避け、ダガーを構える。胸だけでなく全身に激しい痛みが走るが、転がってたら死ぬだけだ。三下にだってそれくらいの意地はある。
向き不向きで言えば、こんな格上にガチで対する行為は向いてないにも程がある。胡麻化して、丸め込んで、なんとか逃げ出すのが自分だ。
あ、さっき「向き不向き」について偉そうなこと言っちゃったなあ。ふと、朝の記憶がよみがえる。いやダメだって、走馬灯になりかけてるってこれ。
追い詰められて、刃を向ける三下に、クロトは今日一番いい笑顔を向けた。
***
追跡魔法は、かけた相手がいるおおよその方角しかわからない。なので、路地裏など入り組んだ場所では追跡に時間がかかってしまう。ランスは胸中に、重い何かを抱えたまま探し回っていた。
ちょっと目を離した隙に、大の大人を攫った相手。多分ただ者ではない、と思う。自分が行ってどうなるものでもない気もする。ただ、さっきまで隣で軽口を叩いていた人間が消えてしまったときの、全身が凍るような感覚を振り切りたかった。
道端に、白い布切れが落ちていた。見覚えがある。あいつのバンダナだ。
「セス!?」
路地裏に走りこんできたランスに、その男はにこやかに声をかける。
「やあ、お友達かい?」
地面には、手足を魔力のロープで縛られたセスが転がっていた。血だらけで、縛られたところからバチバチと音を立てて電流のようなものが走っている。悲鳴も上げられず、ただ時々痙攣のように体が跳ねているセス。
生きてる、しかし思ったよりはるかに悪い。近日まで冒険者として行動をしていなかったランスには、目に余る光景を見せられていた。とっさに逃げ出せば自分だけは助かる……けれど、ランスの体は心を裏切って、自分でも信じられないほうに動いた。
「や、やめろ。そいつを離せ! さ、さもないと…」
「さもないと……こうかい?」
クロトの持っている短いワンドから、ランスをかすめて数本の光の矢が飛んでくる。当てる気があれば串刺しになっている筈だ。完全に遊ばれている。
「こ、この!」
と、ランスも炎を撃ち出すが、その魔法はクロトが手をかざしただけで消えてしまう。
「よっわいなあ。そうか、仲間がこっち側にいるからねぇ。やっさしいなァ」
――違う!! 人間相手に本気で撃てねぇでやがる!
昨日のカタールに対してもそうだった。魔法は知ってるけど冒険者としてはペーペーだ。
そういう場合か! 死ぬぞ俺が!
さすがにもうそんな軽口は叩けない。
「でもね、今度は当てちゃうよ?」
かざしたワンドの先からは大きな炎が噴き上がる。
「くっそおおおおおお!!」
最後のチャンスだと思った。もう本当に、残ったわずかな力を振り絞って跳ね起きたセスが、クロトのワンドを歯で銜えて奪い取る。
「う へ ぇ !!」
「ネズミが!」
セスの作った最後のチャンスだが、ランスはフリーズしたように動けない。
クロトが素早くダガーを取り出し、セスに突き刺す。その刹那。
高い音を立てて、そのダガーはスリングショットの一撃で跳ね飛ばされた。
「俺がやると言った」
息を弾ませて、スリングを握ったカタールが立っていた。
「へえ、お前も仲間入りかい」
「俺がやると……言った!」
カタールが光を放つ。攻撃ではなく、目くらましだ。その隙に短剣を抜き放ってクロトに駆け寄る。
「!!」
「遅いね」
セスを縛めているものと同じ魔力のロープが、カタールの両手ごと胴体に絡みついていた。
ピンチになって助けに来た人が次々やられる「オシシ仮面」みたいな回。
セスのワンド奪取と、カタールのスリングはサイコロですごくいい目が出たのだと思います。