飼い犬が手を噛むので
「なんであんな風に強調しちゃったの?」
「何を?」
山越え予定の商隊に、3人は護衛の仕事を売り込みに行った。その時のセスの物言いがこうだ。
「俺はシーフで、こっちはなんとエ ル フ! あと弟子でハーフの魔法使いだ。どう?使えそうでしょ?」
「ああ、ちょうど戦士連中は揃ってるから、魔法使いなら大歓迎だ!」
「あれは誤解を招くでしょ……」
「普通エルフって言えば魔法使いだと思うよな……」
「でも俺、エルフが魔法使いだなんて一言も言ってねえし」
詐欺だ。
「弟子っていうのは問題だろう?」
「だってシャムは人生の先輩だから、子分も弟子も同じようなモンよ」
こいつは口から生まれたのに間違いない、とシャムとランスは思った。
「今までだってもっとイロつけて売り込んだってバチは当たんなかったって。実戦で魔法以上の働きがありゃあいいんだよ。あとは誤解した方の責任だ」
「正直は美徳とか思わない?」
「それで稼げなかったら意味ねえじゃん」
もうちょっとしたたかに生きてんのかと思ったけどな。したたかじゃねえから俺みたいなのに引っかかるのか。セスは思う。
そこに、ランスが躊躇いがちに提案してきた。
「シャム、魔法を覚える気はないか?」
「え?」
「俺の魔法も親からの口伝と独学だ。お前さんの方がおそらく魔力もある。無理に荒事をするよりそっちの方が……」
「ああ、それはいいかもな。いい機会なんじゃないか? 向き不向きってあるから……」
シャムの手がとっさにセスの襟首を掴んでいた。目も完全に座っていた。
「ちょ、ちょっと待てよオイ!」
さすがに今回は投げ飛ばすまではいかず、持ち上げたところで手を離した。
「こっちも譲れないモンがあんのよ。……ちょっとアタマ冷やしてくるわ」
どうやら失言してしまった男二人は、去っていくシャムを見送るしかなかった。
***
「よおっ!裏切り者の見張り、ご苦労さん!」
バザーが行われている街の片隅、ギルド御用達のカフェで二人の男が相対していた。
一人は昨日、セスを襲ってきた褐色の肌の男・カタール。
もう一人は、黒を基調とした服に身を包み、長い黒髪を丁寧に撫で付け、ニコニコと笑顔を浮かべている細身の男。名前をクロトという。ギルドマスター直轄で、暗殺などを請け負う人物である。
「――っと、言ってあげたいトコロだけどねェ」
不貞腐れたように頬杖を突くカタールに近づき、スッと真顔になった。
「命令もないのに勝手にウロウロされちゃ困る。ヤツの行きそうな場所をさっさと教えな。この街にいるんだろう?」
「あんたがやるのか」
「本来ならず――――っと格下の仕事なんだけどな。あいつが盗って行ったものを確実に取り返したいってことだし」
セスやカタールはシーフギルドの末端に近い。フィールドワークがメイン仕事で、ギルドが掴んできた情報を元に遺跡の調査や遺物の回収を二人で組んでやってきた。異形のせいで避けられがちだった寡黙なカタールと、口から生まれてきたセスのコンビは相性も悪くなく、いくつかの仕事をこなし――だが、これは別の話。
「俺がやる」
「ふうぅぅぅぅん、そうだなァ……、任せちゃおっかな――?」
笑顔に戻って軽口をたたくクロト。だが馬鹿にしたような態度は見え見えだ。
「なんちゃって! ははーん、お前さては相棒を見失ってるんじゃないか? まァ、街の外にゃ出てないみたいだし、すぐ見つかるだろ。お前も命令違反で何かの沙汰がある、ちょっとここで反省してな」
クロトはカフェを出て、街の方に去っていった。
忌々し気にカタールが、額の入れ墨に指を伸ばす。
あいつがいる間、追えなかった。光が分かれてる……!
***
バザーが行われている街。ちょっと反省した男二人が歩く。
「失言だったねぇ」
「失言だったな」
「あれは相当、拘りでやってんだな」
「軽々しく魔法を教えるとか言うんじゃなかったか」
「向いてるものをやるのが一番だとは、俺は思うんだけどね。ただ、多分年季が違うから」
シャムの年齢については、詮索しないことにしている。なんとなく。
ふと、セスがランスの頭を見る。いつもは髪を上げる程度のバンダナをしているが、今日は大き目の布を巻いている。
「それ、オシャレなのか?」
「あのなあ……耳が目立つとよくないから気を遣ってんだよ! お前こそ変装するとかなんとかしろよ!」
「ちょっとしたボケじゃねえか。こっちのギルド連中には顔割れてないと思うし、大丈夫かなーっと」
「お前の“大丈夫”は金輪際信用しないことにしてる。それに第一カタールが」
「あいつには殺されないよ」
「それは“信用”か?」
「そうかもな」
「でもお前がいたギルドから、他の殺し屋が来たらどうするんだよ」
「俺に差し向ける相手だから、そんな大物寄越さないと思うんだよなあ。だから、そん時ゃ頼むぜ親方!」
こいつのハイテンションも絶対信用しない。ランスは夕べ心に誓っていた。
「けど一応、顔を隠すとかしとこうな。お前の顔の傷、結構目立つし」
「変装ってやりつけないから苦手なんだよなあ」
得意なものはあるんだろうか。自分に対してこんなに馴れ馴れしい人間は初めてだが、さすがにもう少し穏当な状態で出会いたかった、とは思っている。
マーケットに大きな帽子屋があり、ランスはその中から目深にかぶれるものを選んだ。
「アラいいのかい? 男前が隠れちゃうわよ?」
「いや、俺じゃなくてこいつの……あ、れ? セス?」
セスの姿は忽然と消えていた。