変わりだすか、変わらないか
苦手だな、とランスは正直思う。
命に係わるトラブルを抱えてるくせに、あんなに気楽そうなやつ。
――どうせ長生きはしない。もともと短命なのに。
とはいえ、自分もまだそんなに長く生きてはいない。長く生きたいかと言われればそうでもない。
今までと違う未来など見えないのだから。
突然、バン!と音がしてランスの部屋のドアが勢いよく開いた。反射的に杖を掴んで構える。
「不用心だなあ。カギくらい掛けとけよ」
立っていたのは、両腕に毛布を抱えたセスだった。
「両手使えないから蹴り開けちゃったじゃん」
「お前みたいに物騒な客が多いわけじゃないんだ…」
がっくりとベッドに座り込むランス。気にしない様子で、セスが続ける。
「街にバザーが来ててさ、その客でもう満室だってさ。ベッドは空けてやるから、一晩よろしくな」
「ちょ……」
「あ、部屋代は折版だから安心しろよな」
仏頂面のままため息を一つついて、木製の長椅子に毛布を敷くセスに尋ねてみた。
「セス、お前、エルフについて詳しいか?」
「そっちの方が詳しいように見えるけど?」
少し尖った耳を見ながらセスが答える。
「俺は、人間の母親しか知らん」
「……。聞きたいことって?」
「シャム、あいつは普通のエルフじゃないよな」
「普通じゃないのは育ちだけじゃねえの?」
「でもあの細腕であんな……」
「あれはさすがに何か、魔法の装備なんだろうな」
「エルフと一緒にいたことがあるのか?」
「ギルドにゃ変わったやつが山ほどいたからな」
「あいつもか? 昼間の……あの見た目は普通じゃ」
「普通だよ」
ランスの言葉を、少し強めにセスが遮った。
「ギルドじゃずっと一緒に仕事してた。普通に」
「……そいつがお前を殺しに来たんじゃないのか?」
少しの沈黙。
「ホントなんだかな! 黙って出てきちまったんで怒ってんのかな!」
急にトーンを変えて、明るげにセスは笑う。
「そろそろ寝るわ。明日は色々忙しくなりそうだし」
「夜番はいいのか?」
「宿だしだーいじょうぶだって!そんじゃあな、お休み!」
灯りを消して、ベッドに横になってもランスはなかなか寝付けなかった。
あのプレート…ひょっとして全然稀少なものでなかったなら、こいつらはどうするんだろうか。
そんなものに命を懸けたりできるんだろうか。
自分の命なんか、どうでもいいんだろうか。
目が冴えて眠れないので、水でも飲むか、と杖から小さな灯りを出した。
その途端、ガバッ!と何者かが身を起こす。
驚いて灯りを大きくすると……
長椅子に寝ていたセスが起き上がっていた。顔色は酷く悪い。
全身に汗をかいて、腰のダガーに手をかけ、目は暗闇の中で大きく開かれている。
手足は力が入りすぎ、細かく震えているようだった。
「す……」
「お、驚かすな!」
「すまん、ちょっと笑っていいか?」
「へ?」
くくくく…と、我慢できなくなったランスが両手で顔を覆いながら笑い続ける。セスは憮然とするしかない。何故かむせるほどに笑っている。
「“大丈夫”って言ってたヤツがレザー着て寝てるのがツボに入った……」
「そこか? っていうか笑えたのかあんた」
「ああ、そういえばそうだな」
バカにされた、とセスは怒っていいところかもしれない。けれど、出会ってからほぼ仏頂面しか見ていなかった男が、涙を浮かべて笑っているのを見て気が抜けた。整った顔をしているだけに、破顔の表情が新鮮だった。そもそも、カッコ悪かったのは自分だ。
「怖いならそう言えばいいじゃないか」
「言えるかバカ」
レザーベストを脱ぎ捨てて、セスはもう一度毛布にくるまる。壁を向いていて、その表情は見えない。
「やっぱり交代で夜番するべきだな。とりあえず先に寝ろ、俺は今寝られる気がしないから」
「――――――サンキュ」
「しっかり寝ておけよ」
バカだけど、命知らずのバカじゃないってことか。
***
朝食の席には、3人で座っていた。
「あら、やっぱり来るのねえ」
「恩の着せ甲斐があると思ってな」
魔法も使えないエルフと、小心者のバカだからな、とランスは独り言ちる。
ふふっ、とシャムは笑った。仏頂面だけど、根が世話焼きなんだわ、コイツ。
セスは思った。俺、逃亡者なのに、これ以上ないくらい目立つパーティになっちまったなあ。
まあ、どうにかするしかないか。