スルドクサイナラ
「はァ? 墓荒らしィ!?」
セスが抗議の声を上げる。
「だってこれは……」
シャムが更に追い打ちをかけようとしたとき、先ほどセスに絡んできた大男がその細い腕を掴む。
「おいおい、それは俺のオンナがもらったんだぜ? そろそろ返してくれや」
ニヤついたまま、シャムの手首ごとその体を持ち上げようとする。シャムは座った目のまま、平然とそれを見上げているが、おいおいそりゃやりすぎだろう、と良識のある周りの人間が止めようとした時。
シャムが素早く立ち上がり、手首を回転させて男の手から自分の手首を抜く。更に体を近づけて、逆に男の襟元を掴んだ。相当に慣れた体さばきだが、男は余裕の表情を崩さず、
「ハハッ、お嬢さんが細腕でそこからどうする気だ?」
「こうすんのよ!」
自分の背丈をはるかに越え、体重も倍はあろうかという男の襟首を持ったまま、力任せに投げ飛ばす。連れの女も道連れに、壁に激突して倒れる二人。男は泡を吹いており、女はその下でもがいている。
非力な者が相手の力を利用する、などという技ではなく、単純すぎるパワープレイだ。見ていたギャラリーも絵面のギャップにドン引きしている。
特にショックを受けているのがランスだ。エルフは非力なものだと思っていたし、自分も同世代の男ほど筋力はない。なのになんだ、アイツは、この上魔法まで使えるのがエルフなのか……?
場が落ち着いたというより、誰もこの事態を受け入れられていない。静かになった店内で、シャムがセスに向き直った。
「これを持ってきたのはアンタね?」
「あ、ああ……そうだけど……」
「あたしねえ、これと同じものを持っていたの。それはある場所のお墓に埋めてきたのよ。アンタまさか墓を発いて……」
「え……冗談! 誰が墓荒らしだって!? 大体、この汚ねえ金属板、価値なんかないって道具屋が……」
「そんな訳ないのよ」
念を押すように、シャムが続けた。
「エルフが赤ん坊を置き去りにするときに、手に握らせてたようなモノが、普通にあるものな訳ないじゃない」
エルフは長命だが、その代わりに繁殖力が非常に弱いと言われ、子供ができればそれこそ宝のように育てるという。その子供を置き去りに? しかも、赤ん坊の時に?
「け、けどこれは……俺が直接手に入れたわけじゃなくて……」
しどろもどろにセスが弁明しながら記憶をたどる。つい数日前のことなのに頭にもやがかかっているようだ。ギルドマスターはこれをどこで手に入れたって言ってた? なんだか大事そうだったから、ちょうどあのオッサンに恨みがあったから――恨みがあることが分かったから――、衝動的に盗ってきてしまったけど……。
今更だけど、俺、相当マズいことしてる。
実に今更、セスは自分のやらかしを振り返る。
冷静に考えたら、「盗賊ギルドのシーフが」「ギルドマスターの持ち物を盗み」「勝手にギルドから出奔する」。
役満だ。
酔いが一気に醒める。
その時、酒場のスイングドアが開き、一人の男が現れた。
20代くらいに見える青年だが、白髪、褐色の肌、金色の瞳、そして額と両頬に目立つ入れ墨。どう見ても堅気ではなさそうな風体。
その男を見て、セスは一瞬破顔した。
「カタール! どうしてここが?」
しかしその表情を見て、セスは表情を改めた。
「サヨナラ」
その瞳には殺意を込められているように見えた。
カタールと呼ばれた男は掲げた右手に光を集め、その光は、一直線にセスに向かい――
きっとこの世界にも麻雀みたいなものがあるのだと思います。
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投稿できるうちにしておこう、来月は更新遅くなる予定なので…