涙の倉庫番スペシャル
商隊は、昼過ぎに山中の小さな村に着いた。ここは、ドリカ村という。
セスは、この村には覚えがある。まだ父親が存命だったころに、何度か来たことがあった。短期間住んでいたこともある。
感傷に浸っている間もなく、積み荷の上げ下ろしも賃金のうちだとドヤされる。
「あーあー、エルフさんはいいんですよ、こんな力仕事は野郎連中にさせとけば!」
この商隊では、シャムはすっかり下にも置かない扱いを受けるようになった。が、本人は
「そーいうのが一番イヤなのよ!」
と、わざわざ一番大きな荷物を軽々運び、それがまた魔法だ魔法だとはやされる。
確かに、人気が出すぎるのもうっぜえなあ。
苦笑いで見ていたセスに、声をかけた者がいた。
「あら、マーティンさんじゃないの!?」
村のおばちゃんA、といった感じの中年女性だ。見覚えは、あるようなないような。それに。
「“マーティン”は親父の名前だけど、おばちゃん、誰?」
***
「さすがに張り切りすぎたわ! ガス欠ガス欠」
自分より大きな木箱を地面に下ろし、その陰に座り込んだシャム。ふと、周りに目をやるとなにやら話し込んでいるセスが見えた。
「アイツ、サボってやがるわ」
と、木箱を押しながらそっと近づいてみた。驚かそうかと思ったのだが、その間にセスの周りに似たような中年女性がもう一人現れた。なにアイツ、熟女キラーか?
「あらミッちゃん、若い子と話し込んじゃっていいわねえ!」
「違うのよー、アタシこの子のお父さんと間違えちゃって!」
おばちゃんBがあらわれた。
まわりこまれた!
にげられない!
セスは張り付いた笑顔で固まった。どうやら、おばちゃんAは父親の知り合いらしい。遠目で見た自分を父親と間違えたのだそうだ。おばちゃんBも父親に覚えがあるらしく、
「もしかしてマーティンさんとこの? アラ大きくなったわねー立派になって!」
「そうなのよー。ねえ、お父さんの後を継いで商隊にいるの?」
「あ、ええと、たまたま……」
「そうよねえ、お父さん気の毒だったものねえ、志を継ぐのは健気よねえ……」
あ、ダメだ。聞いちゃいねえ。
「ゴメン、ちょっと俺、商隊長に呼ばれてるから!」
セスは無理やり走り去る。この話が進むのはちょっと無理。
しかし、おばちゃんABは結局、勝手に井戸端会議を続行していた。
「気の毒って何かあったの? アタシその頃ここを離れてたからさあ」
「あの子のお父さんね、悪いやつに騙されて、財産を取られちゃったのよ」
「まああ! 酷い話ねえ。で、それからどうしたの?」
「気を落として体も壊しちゃってね、最期は……森の木で、首をね……」
さすがに潜めた声だったが、木箱の裏にいた大耳女にはしっかりと聞こえていた。
***
商隊は数日ドリカ村に留まる。護衛の中から有志で、昨日襲われた別商隊の生き残りを捜索に行くことになった。報酬もきちんと商隊の組合から出るらしいが、セスたちは断ることにした。
「街まで帰らないと報酬もらえないみたいだからなあ。戻ってどうするよって話だし」
「ダークエルフの件、捜索隊に告げておかなくていいのか?」
「一応、魔法を使う司令塔がいて、そいつはまだ生きてるっぽいとは言っといた。でも俺の見間違いかもしれないし、あのまる焼けの商隊を見たら、もう目的は果たしてるんじゃないかと思うんだよなあ」
思いたい、だけかもしれないが。
3人が今後について相談していると、そこに1人の男が近づいてきた。朝、ランスとマルコが助けた男だった。右目の所に目立つ傷跡があったが、今回のケガではなかったようだ。
「本当に、ありがとうございます。うちは護衛が薄かったみたいなんです。こちらみたいに魔法を使える人が沢山いたなら…」
うちにも沢山はいなかったんだよな、実は。
「まあ、命あっての物種だし、生きててよかったじゃん」
「そうですね。でも、持ち出せなかった荷物の中に大事にしてるものがあったんですよね……それが残念で。あ、別に金目のものじゃないですよ?」
「それなら、運が良ければ捜索隊が見つけてくれるかもよ?」
「ただ、不思議とあきらめがついたというか、変な感じなんですよね。とにかく、ありがとうございました!」
生き残りとしての事情を聴かれたりと、村には少し滞在する必要があるらしい。お礼を山ほど言って、男は去っていった。
***
「さて、俺らは動くかあ。まずはシャムの村で墓参りだ」
「お墓参りなら、ここでもしておく必要があるんじゃないの?」
ギョッとして、セスはシャムの顔を見る。しばしの間泳いだ目をしていたが、やがてあきらめたように大きく息をついた。
「その耳はマジでなんでも聞こえる耳だな」
「勝手に聞こえてきちゃうのよ」
「嘘つけ。でかい木箱が勝手に動いてくるか」
あら気づかれてた。
本当は首を突っ込むような案件じゃないけど、一人で向き合いたくないなら付き合ってやろうと思った。人生の先輩として。
「少し歩くけど、いいか?」
サブタイは特に気にしないでください。
最後の方、ランス会話から置いてけぼり。