おかしな2人
俺は何故、この男と一緒にいるんだろう。
ランスは自問していた。この男、とはセスのことではなく、戦士のマルコだ。
朝、ばったり会った時、人探しを頼まれてしまった。商隊の中には家族連れの者もおり、その中の女の子が1人いなくなっているそうだ。早く出発するための準備に人が割かれていて、ハーフエルフの手も借りたい状態らしい。
「き、昨日みたいな魔法でパパパっと見つけちゃってくれよ!」
「“ハーフの魔法なんて効きゃしない”んじゃなかったか?」
思わず悪態をついてしまい、ランスは少し自分に辟易した。ここのところ絡み甲斐のあるのとツルんでる弊害だ。
マルコは何か言い返そうとしたが、それは一瞬のことで、振り切るように必死な顔になった。
「あんたの魔法でオレが助かったのは、わかってる。助かったと思ってる……だから……また助けて欲しいんだ」
ランスは迷った。しかし世話焼きの根っこが邪魔をする。
「――わかった。でも、いなくなる前にかけないと位置魔法は意味がないんだ。だからその子の年恰好、特徴、持ち物とか教えてくれ」
「それじゃ普通に探すのと変わりないじゃないか」
「だから、“普通に”探す手伝いはできる」
意外な答えが返ってきたような顔をされた。そんな妙な事、言ってないぞ?
「ええと、5歳の女の子だ。髪は肩くらいまでで栗色、上で2つ結ってる。緑色のワンピースを着てる。――普通に探す、って、普通にか?」
「それ以外に何かあるか?」
「普通って、俺たちと同じ普通か?」
バカにはされてないと思うが、珍獣扱いに変わった気はする。
にしても、この時間に迷子か。まだ朝も早いし、遠くへ行ったとも思えない。すぐ見つかるんじゃ――
――あ!
昨日セスが見たという、ダークエルフらしき存在が頭をよぎった。あいつに連れ去られていたとしたら。俺たちだけでは到底相手できない。いや、もしかしたら既に…
そう思えば思うほど、悪い方への考えが止まらない。自然に、手が意味のないところばかりを探してしまう。
「おいおいおいおいおい」
「え?」
「そんな小石の下にいるかよ! ダンゴムシ探してるんじゃないだぞ! もっとちゃんと可能性のある所探せよ!」
その通りである。
「……そういう所を最初に探していなかったら、そのあと探す気持ちがなくならないか?」
ネガティブここに極まれり。
「それに他にも探してるやつらがいるんだろう? それなのに見つからないってことは」
「おいおい、あんたさあ!」
マルコが激しくランスに突っ込んだ。
「どうして思い込みだけでモノを言うんだよ! 自分の目で見て判断しなきゃダメだろ!?」
もっともだ。
もっともだが……それをお前が言うか!?
ランスはその言葉を飲み込んだ。マルコがその後、こちらを見ずに呟いたのが聞こえたからだ。
「オレにだって! 最近ソレがわかったんだからな!」
思えば、長いこと期待通りになったことなんてなかった。繰り返す同じような日々から一歩踏み出してみたけど、それも自分の意志だったか怪しくなってる。あのありふれたプレートが、俺たちを集めてるとバザーの女は言っていた。あんなもの、どこにでもあるものだと切りすてていたのに……どこにでも?
「やっぱりそうだ……」
「どうした? 見つけたか?」
「あ、いやそうじゃなくて、別のことを考えてて」
「ンだよ、マジメにやってくれよな」
「? ちょっと待て、声が。声がしないか?」
小さな子供の、両親を呼ぶ泣き声が聞こえた。
「あ!」
ランスとマルコ、初めて2人が目を合わせて明るい顔をした。
***
商隊は出立の準備をしている。一部でトラブルが起こっている様子がうかがえるが、今は首を突っ込む気になれず、セスはただ積み荷を運んでいた。
「おい、大丈夫か? 顔色悪いぞ」
同じく準備の手伝いをしていた、ノルティが声をかけてきた。
「あ、いや、大丈夫。やられた商隊の残骸とか見ちゃったからさ」
「もうすぐ村に着くから、そこから生き残りの捜索隊とか出るかもな。お前らも行くか?」
「他に目的があるんで、俺たちは参加しないと思う」
「そっか。――昨日は、その、なんだ……悪かったな。お前さんのツレにさ」
「ああ、まあ、それは……」
仕方ない、って言おうとしたかな、俺。
どうやら、こいつらも変わろうとしてるのにな。
「お前さんはすごいな」
「何が?」
「あの連中……いや、あの人らと普通につきあえンのはすごいよ」
それは多分、親父や、自分のいた商隊の考えだったからだ。
俺はそこから一歩も動いてない。
「俺にはやっぱ、何考えてるのかわかんないようにしか見えなくてよ」
「俺だって別にわかってねえよ」
「あの人らさあ、何考えてんだろうな」
「あいつらさあ、何考えてんだろうな」
「お前さん、どう思う?」
「おまえ、どう思う?」
「……自分で考えろよ」
「……自分で考えろよ」
ほぼユニゾン状態で、2人呟いた。同じあきれ顔で目を合わせる。
「そうだな、自分で考えるわ」
ふと、カタールと組んだ時のことを思い出した。
***
「すげえな、精霊使いなんだってな」
いつも一人、ギルドの寄り合い部屋の隅で何かを読んでいたカタールに話しかける。ちょうど、よく組んでいたシーフが配置転換になっていたところだった。
「今フリーか? もしそうなら一緒に仕事しねえ?」
「いいのか?」
「何が?」
「俺で」
「だから誘ってんじゃん」
「じゃあ」
あの時、まっすぐにカタールは俺の目を見ていた。
「お前は、急に、いなくならないか?」
人を寄せ付けない雰囲気だった褐色の男が、その時だけ、捨てられた子供のように見えた。
***
商隊の一部で、わあっという歓声が上がった。
歓声に惹かれて、野次馬的に人が集まってくる。セスやノルティ、シャムもその中にいた。人垣の中央には、気を失っている男を背負い、得意げな顔マルコと、泣きじゃくる小さな少女を抱いて困惑気味のランスがいた。
「朝からいなくなってた女の子が見つかったんだってよ」
男は簡易ベッドに寝かせられ、少女は泣きじゃくりながら両親の元に返された。ランスから少女を受け取った両親はその手を取り、ありがとう、ありがとうと何度もお礼を言う。あまりに不慣れな状況にランスはお礼をなんとかいなし、セスとシャムがいるところに戻って来た。
少女は夜襲の緊張感から眠れず、明るくなると同時にテントを抜け出たらしい。静かになっていたので危険なことは終わったんだと、少し遠出をしてしまい、そこでケガをした男と出会う。助けを呼ぼうと戻ろうとしたところで男が気を失い、死んだと思ってパニックになってしまったらしい。
「朝、俺とセスが見た別商隊の生き残りだろうな。見たところ命に別状はなさそうだった」
「そっか、そりゃ何よりだ。っていうか、なんでお前、あの丸いのと一緒にいたんだ?」
「……完全に成り行きで……」
「でも、よかったみたいじゃん」
「そうかな」
「そうでしょ」
ひとしきりの賑やかさは、商隊リーダーの出発を告げる号令で散った。
もうすぐ、目的地の村に着く。
副題やっぱりしっくりこない。