さわって・変わって
「変わった色の目だな」
盗賊ギルドの新入りに、セスはそう言った。白髪、褐色の肌の男でなにも喋らない。ただ、いつも何かの本を隠すように読んでいた。
その目は金色で、瞳孔が細い。
「あ、気にしてたら悪い。ただカッコいいなと思ってさ。色んなヤツを見てきたけどそんなの初めてだ」
「これは……魔法で」
「へーっ、魔法でそんなことできるんだあ! 俺もそんなカッコいい目になりてえなあ」
***
「セス、おいセス起きろ」
「ん……なんだ、もう交代か?」
毛布をかぶって、座った格好で眠っていたセスを、交代で夜番をしていたランスが起こしてきた。
そろそろ夜明けが近づいていて、うっすらと明るくなり始めている。
「いや、いいからちょっと来い」
「ちょっとって、え、なんだこのニオイ!?」
商隊が通る山道は1本ではない。すれ違うのが難しいため、整備されているとは言い難いが数本のルートがある。セスたちが見下ろす先にも別の道があるのだが、そこにあったのは――焼け焦げた数台の馬車の残骸と、どう見ても無事ではない、倒れている人間の姿だった。
木材や鉄が焼ける匂いと、生き物が燃える臭いがセスたちのいる場所まで漂ってきていた。
痛ましい表情をしながら、ランスが呟く。
「襲われたのは俺たちだけじゃなかったんだな」
「いや、むしろあっちが本命だったんじゃねえかな。俺らが手助けできないよう別動隊でかき回したんだ」
「確かに、俺たちは囲まれてた割に被害はほとんど受けてないからな」
黒髪をかきむしりながらセスも呟く。
「そこまでしたからには、よほど欲しいモンがあったのか」
「本体に報せてくるわ。こんなとことっとと離れた方がいいだろ」
バンダナを巻きなおしながらセスがその場を離れていく。
自分も荷物をまとめようかと、振り返ったランスの前に、一人のずんぐりした男が気まずそうに立っていた。マルコだ。
目を合わさないよう視線を逸らし、移動しようとしたランスにマルコがなにかがなり立てている。昨日の文句の続きか、と立ち去ろうとしたあたりで、どうもそうではないことに気付いた。大声と緊張でわかりにくいが、どうやら悪い内容ではないらしい。
「き、き、昨日はちょっと言いすぎだったかなと思って〇×▽■×▽」
「ちょ、ちょっと落ち着けって」
「わーっ! 喋ってる!」
「喋るよ」
「人間語?」
「ニンゲン語。」
というかここの地方語だ。
***
商隊長に報告を終え、自分も準備をするため移動しているセス。その足取りはなんとなく重かった。さっき見た夢と、昨日のダークエルフの姿がオーバーラップする。
商人だった父親が言っていた。色々な種族がいるけれど、話が通じればそれは商売相手になる。
ただし人間に似ていても魔物というものは存在するし、そこは気をつけなきゃいけない。
まあ、人間にしたって信用できるやつとできないやつがいる。迷ったときには――
ぶらん、とセスの前に突然足がぶら下がってきた。
「〇×▽■×▽×▽■!!」
言葉にならない叫びをあげて飛び退る。木の枝につかまっていたのはシャムだ。そのまま飛び降りてくる。
「俺の前で突然ぶら下がんのやめてくれるか?」
「アンタこそこっちがビビるような驚き方しないでくれる?」
「ちょっと考え事してたから……大体なんでそんなところに?」
「なんか、夕べのゴブリン退治から人気出ちゃってねー。キリがないから逃げてたのよ」
「え?」
「アンタ、昨日は商隊の連中にあたしたちについて色々フォローしてたんだって?」
「あ、ああ。命令伝達の時にいちいち俺挟むの不便だろ」
「それで手のひら返したヤツが興味津々で色々訊いてくんのよ。もうめんどくさいったら」
「果ては『どうして耳が長いんですか?』『お前の声がよく聞こえるように』、よ。童話か! っつうの」
「まあ……そりゃ、良かったじゃん」
「さっきから目、合わせないね」
「んなことないだろ」
「首いじるの、アンタが曇ってるときのクセでしょ」
確かに、セスが手をやっているのは首のレザーリングだ。
「なんか、色々ありすぎて」
「そうね、あたしたちもだけど、特にアンタは」
「?」
「重ねちゃった? 昨日のダークエルフと、他のいろいろと。あたしたちも含めて」
セスは何も言えなかった。シャムも何も言わず、その場を離れていった。
惹きつけられた結果があなたたち、なんじゃないかしら。
ノルトの言葉が脳裏をよぎる。
こんな時どうすんだっけなあ。俺、難しいこと考えないようにしてやってきたのになあ。こいつのせいか、とプレートを取り出した。シャムに持っていてもらおうと思ったが、アンタが盗ってきたものはアンタが責任を持て、と断られた。
俺が死んだら、とか言っちまったなあ。柄にもない、と言いたいところだけれど、親父が死んでからずっと、いい加減に生きてた気がする。それこそいつ死んでもいいような。そんなところが“惹きつけられた”原因かもしれない。
一瞬、この森の中に投げ捨てようかとも思った。が、思い直して懐にしまいなおす。
タダの運び役で終わるのは、流石にねえんじゃないかな。