これでいいのだ
商隊の東側、少しくぼんだ地形の中。既に前線の戦士たちが集まっていた。
戦士たちの中には先ほどの2人、ノルティとマルコもいる。
「お、いたいた」
「何してる! サッサと来い!」
若干夜目の利くランスが、前線の人数を数えながら
「こっちは6人か。防御魔法をかけるからお前も降りてろ」
「サンキュー。用意いいね」
「それはお前もだろう。さっきの木の実とか」
「昼間から気になってたんだ。馬車の足止めされたせいで、こんなに囲まれやすい場所で野営だ。ゴブリンが事前に用意しないだろ」
「司令塔がいる、か」
「そう考えとくのがいいかもな。こっちも覚悟しておかないと」
数は15~6と斥候役からの報告。
暗闇の中から、複数の光る眼が動いているのが見えた。
***
そして商隊の南側。
馬車から離れた位置で、一人待ち受けるシャム。
こちらにも光る眼が迫っているが、シャムは落ち着いてブロードソードに手をかける。
「来たね」
***
「茂みに“眠りの霧”をかけたら灯りをつける。ゴブリンなら最低でも半数は無力化できる!」
ランスがなるべく前に出て、範囲魔法を立て続けに使う。一瞬霧のようなものが立ち込め、そのあと明るくなった茂みの中から――ほぼ報告と同じ数のゴブリンが現れた。
「効かない!? 抵抗力を上げられてる!!」
「邪魔だ! 役に立たねえならどいてな!」
前にいるランスを突き飛ばし、戦士たちがゴブリンに殺到する。ノルティやマルコのその中にいた。
「気にすんな、お前のせいじゃねーよ。魔法に強くてもゴブリンはゴブリンだ、なんとかならァ。お前、モンスター相手ならやれるよな?」
「ああ」
抵抗力が上がっていても、単体に対しての攻撃魔法を倍がけすれば十分いける。その通り、ランスは2匹のゴブリンを魔法で黒焦げにしていた。
「やるじゃん。――!!」
木の陰から弓を持ったゴブリンが戦士の1人を狙っていた。マルコだ。とっさに飛び込んで妨害しようとしたが間に合わず、矢はマルコに向かって一直線に飛んでいく。
と、マルコに当たる直前、矢ははじけ飛んだ。
「そ、そっか防御魔法……っとお!」
安心したのもつかの間、自分を狙って剣を振り下ろすゴブリンを間一髪で避けた。素早く体勢を戻し、攻撃してきたゴブリンに蹴りを浴びせる。怯んだゴブリンにダガーで応戦する――。
***
森のあちこちで、人間ではない断末魔の悲鳴が漏れ聞こえていた。
「ふう、どうやらそろそろ終わり、かな」
そうつぶやいたランスの前に、血まみれの顔をしたセスが現れる。
「うわああ! お前またそんな怪我を!」
「うそうそ。返り血返り血」
顔を拭きながら周りの様子をうかがっていると、前線が戻ってきた。
「いやー楽勝楽勝!」
「俺ら最高だね!」
ノルティとマルコだ。
「足手まといもいたけどな!」
「ハーフの魔法なんて効きゃしないな!」
「お前ら…」
引き留めようとしたセスをランスが止める。
「いい、シャムのところへ行こう」
「おい!」
歩き出したランスを追う前に、セスは振り返って
「そこの丸いの、お前が何でゴブリンの矢で死んでねえのかよーく考えろ。いいな?」
どうしても一言残さずにはいられなかった。先に進むランスに追いついて、
「何でだよ! もっとビシッと言ってやらねえと」
「いちいち揉めたくないんだ。それにな」
一呼吸入れてランスは続ける。
「お前が俺と普通につきあってるのは、お前がほかのハーフを知ってるからだ。そうだろう? あいつらはそうじゃない。俺がどんな生き物か知らない。だから怖いんだよ」
「怖いって態度じゃないだろう」
「怖いから、自分を保つために蔑んでバカにする。そうやって自分を保ってるんだ。お前だってそんな存在に出会ったら多分そうなる。いや、必ずそうなる。――そういうものなんだ」
沈黙が流れた。
無理やり話題を変えるように、セスが呟いた。
「シャム、大丈夫かな」
「大丈夫と言ってたからには、そうなんだろうが、もし予想より数が多かったらやばいな」
シャムが剣を振るえるのは、魔力が続く限りだ。万が一、予想を上回っていたなら。
「急ごう」
***
セスとランスがたどり着いたそこには、20匹ほどのゴブリンが斬られて死んでいた。
「すげえな」
「シャム! 無事か!?」
見回すと、少し離れた大木の方から音がする。大木の下には生き残ったゴブリンがいて、シャムは木の上に追い詰められているように見えた。
2人は咄嗟に大木に駆け寄る。ゴブリンは執拗に、木の上のシャムに掴みかかろうとしている。
「シャム!」
「あ、バカちょっとこっち来んな!」
思わず足を止めた2人の前で、木の上から杭が勢いよく飛んできて、最後に残ったゴブリンを串刺しにした。
「うわあああ!」
「あっぶねえ! ……あとえげつねえ!」
***
杭は、大木の枝を弓なりにしならせ、ロープを切ると飛んでいくように仕掛けられていた。よく見ると、付近に数か所似たものがしかけられており、杭で貫かれたゴブリンの死体も数体ある。
「さっきはこの罠を作ってたのか」
「やー、思ったよりちょっと数が多かったわ! あと魔法かかってたから固かったの! 備えといてよかったわ」
「さすがプロだな。安心した」
ランスは感心したような、苦笑いしたような顔をしている。大したもんだねえ、とセスは何気なく森の奥に視線を移した。
そこに、一人の痩身の男の姿が見えた。
ビクリ、と反応したセスに気付いたからか、そうではないのか。男は森の中に姿を消した。
「どうしたの?」
「まだ何かいたのか?」
「消えた」
「ゴブリンの残党か?」
「いや……」
セスが、見た男の特徴を羅列する。
黒い長髪に黒い肌。
シャムくらいの長い耳。
そして目は、金色だった。
「それってまさか」
「ダークエルフだ……でも」
セスはその、金色の瞳に見覚えがあった。
ギルドの相棒だった、カタールの瞳に。