けもの道
「ホンっと―――――に何も喋ってくれないのね」
バザーの行われた街での、宿屋の一室。本来なら4、5人で泊まれる広い部屋にノルトは宿を取った。床に魔方陣を描いて、その中央にベッドを配置する。ベッドで横になっているのは褐色の肌に白髪の男、カタール。胴に包帯を巻いて横たわっているが、眠ってはいない。ただ睨むように中空を見つめている。
「何で怪しさ満点の侵入者を殺さないのか教えてあげる。あなたの中がほとんど視えないからよ。魔力の高い人間にはよくあることだけど」
ノルトは文机の前に座って頬杖をついている。手放さない銀色の円盤を文机に置き、それを弄びながら。
「そういえば昨日のエルフもそうだったっけ。ムカついたからちょっとイジワルしちゃったけど」
あの盗賊とか本当にわかりやすかった。でも、ところどころモヤがかかった様になってるのは少し気になった。
「あたしはね、あなたが何なのか知りたいのよ。だって……とても珍しいんだもの」
そのセリフとともに、カタールが弾かれたように身を起こす。その途端、傷が激しく痛み、思わず自分の体を抱きすくめる。
「まだ起きないほうがいいわよ? 死ぬから。普通ならこの程度の怪我、すぐ治せるんだけどね」
再び横になったカタールを見て、ノルトは声に出さずに思った。
普通なら。あなたが人間だったら。
***
山中を進む商隊。山の中にも集落があり、そこでしか手に入らない鉱石や動物の皮などと、海が近い街の海産物などと取引をしている。街道と違って各種ギルドなどの影響は小さく、追手もかかりにくいと踏んだ結果、セス、ランス、シャムの3人はその護衛として雇われている。
「なんかさあ、若い例中ばっかだねえ。ここの護衛って」
セスは早速、戦士らしい長身の男――ノルティと仲良くなり、馬車の荷台に腰をかけ、森の木に生えた何かの実をちぎりながら世間話をしていた。
「最近物騒だからな、ベテランからさっさと売れちまうんだよ」
道理であっさり仕事が取れた筈だよ。好都合だからいいけど、物騒なのは御免だな。
「しかも山賊だけじゃなく、怪物も増えたしな。えーっと、ところでさ」
「ん?」
「あのエルフ、お前さんの仲間だろ? 着てるもの何とかした方がいいじゃねえの?」
シャムは“魔法使い”の印象を強めるために、ランスのローブを借りていた。ブカブカなのは勿論として、とにかく小枝や草の実が引っかかりまくっている。
「山道歩く格好じゃねえよなあ」
「そ、そうよねえ? いくら魔法使いでも山中でこの格好はないわよねえ?」
ほぼセスに向かってシャムは笑顔で言った。笑顔だけれど青筋が立っている。
「着替えてくるわ!」
踵を返して、護衛の荷物がある馬車まで走り去っていった。
「なんだか、怒ってなかったか……?」
「いやあ、神秘の種族は気難しいなあ!」
一目で魔法使いっぽいのを演出したつもりだったんだけど、さすがに盛りすぎたか。ちょっと変わった格好で面白かったんだけどなあ。
この「面白がってる感」がシャムの逆鱗に触れていることはまあまあわかっているセスだった。
***
ノルティと談笑しているセスを見ながら、ランスは一人、商隊と少し離れた場所を歩いていた。自分を見ている誰もが、自分の噂を――ともすれば嘲笑しているように思えたからだ。故郷を出てから、冒険者の集まる宿で仕事を見つけているときに慣れているつもりだったが、たった3日で元に戻ってしまうとは。つくづく自分のネガティブさに嫌気がさす。
気のせい気のせい、と歩き出すランスの後ろから、背の低い、やや太っている戦士風の男が走ってくる途中でぶつかった。
「痛っ」
「あ、悪……うわっ!」
謝りかけた男は、途中で言葉を切って走り去っていった。
***
「おうマルコ、どうしたんだ」
セスと一緒にいた戦士、ノルティが話しかける。どうやら知り合いのようだ。マルコと呼ばれた男は、ぶつかった肩を手で払いながらブツクサ言っている。
「後ろの方の様子を見に行ってたんだけどさ、帰りに縁起悪いのにぶつかっちまった! あそこのハーフ野郎だよ!」
少しムッとして、セスが言う。
「俺のツレなんだけど」
「げっ、お前! やめた方がいいぞ!」
マルコは続ける。
「何か悪いこと呼んじまうぞ! トラブル起こしたり! やばいとこに連れていかれたり!」
まったく悪気はなく、本気で心配している感じなのが複雑だ。というか、全部俺が原因で起こってることだわ、とセスは苦笑いする。
「エルフはよくてもハーフはそんなにイヤなのか?」
「だってさ、例えばマルコの村ってキツネは狩らないよな?
「おう、だって神様の使いだもん」
「でもキツネと人間の合いの子がいたらどう思う?
「そりゃさすがに気持ちのいいもんじゃないな」
「そういうことなんじゃないかな」
「あー、腑に落ちた! なんとなくイヤだったけどそういうことだよな!」
セスは総毛立つ思いだった。そこまでバカにされなきゃいけないのかよ、あいつは。
自分は商隊やギルドで、変わったやつらをさんざん見てきたから、慣れてただけなんだろうか。カタールも、あの見た目だしそりゃ無口にもなるよな。シャムだってエルフ様エルフ様、と大事にされてきた感じもない。
と、戦士の二人はさらに追い打ちをかけて
「それじゃあアイツはケダモノの息子ってことだな!」
笑いあう二人に、さすがにとっさに足が出た。荷台に座りながら、二人の頭を蹴り飛ばす。
「痛えな! なにすんだよ!」
「悪い悪い、ちょっと揺れたもんだか……ら?」
本当に荷馬車は大きく揺れ、セスは馬車から荷台から放り出された。
ぶつけた頭を押さえながら、ちょうど落ちた場所から見える馬車の車輪を調べる。軸は……折れてねえな。轍にハマったか? いや、ここだけ大きく掘られてる。御者が気づかなかったのは、掘られた場所に枯れ草が敷いてあったからだろう。明らかに人為的なものだ。
背後の草むらから、何かが去っていく音がした。