レッツゴー3匹
あ、お天気男が曇ってる。とシャムは思った。
こっちもドン曇りだけどね! 絶対信用できない女だよアレ。
「えーっと、それじゃあ鑑定料は……」
「いいわよ、面白いもの見せてもらったから」
「じゃあお言葉に甘えて。俺、国を出る前にボルトーノに寄るから、ひょっとしたらそっちで」
「会わないわよきっと。あたし、家出中だから。そもそも盗賊ギルドに近寄るとかバカじゃないの」
「その通りだなあ。でも、他に目的もあるんだ。あの街、“古書館”があるんだろ? そこに行けば色々わかることがあるかなって」
「ああ、“本屋さん”のことね。確かに色々知っているかも。かなり、クセの強い人だけど」
この娘に言われるクセの強さってどんだけなのか。
「まあ万が一俺の兄弟――ケイスに会ったらよろしく言っとくわ」
「そうね。あたしの名前はノルト」
***
3人が出て行ってから、次の客を呼ぶ前に黒衣の女、ノルトは呟いた。
「あれが揃ったときに手に入るのはエルフの秘宝、なのかしらね。まあ何でもいいわ。あたしも便乗して印をつけさせてもらったし」
ノルトはボルトーノ盗賊ギルドマスターの娘で、次のマスター候補でもある。兄二人はあまり出来のよい男ではないが、妾腹で、女で、後ろ盾もない自分はそれだけ不利でもある。自分の手柄になるものなら、なんでも利用させてもらうつもりだ。
ケイスを連れてきてたら面白かったかもね。感動の再会、という雰囲気の2人ではない気がするけど。
がたん、とテントの奥から音と人の気配がした。
振り返りもせずに、銀色の円盤に手を触れて、ノルトは言った。3人には見せなかった、険しい表情を浮かべて。
「誰? ――いや、あなた、何なの?」
そこには腹部から血を流した、白髪・褐色の肌の男がいた。
***
シャムはずっと機嫌が悪い。
「魔法を覚える気はないけど、魔法に頼ってるとか言って、バカにしてもいいんだからね!」
男2人は、顔を見合わせる。
「バカにされたことがあるのか?」
「ないわけないじゃない!」
「その、腕のガードだろ? 魔法の道具って」
「わかる……わよね」
「わかるよ。寝てるときもつけてるし、第一ほかの装備と合ってない」
息を一つついて、シャムは話し始めた。
***
シャムは赤ん坊の頃、山中で見つかった。その日以前、山が濃い霧に覆われ、大きな地震が立て続けて起こっていた。沈静化したころ、それを調査に向かった冒険者の夫婦に拾われたのだ。シャムが見つかった周りには、何者かが戦った痕跡だけが残っていた。
赤ん坊の手には、三角形の金属のプレートが握られていた。
冒険者夫婦は、根っからの戦士だった。可愛い“わが子”に、夫婦がしてやれることは戦士としての戦い方を教えることだけだったが、小さな木剣を持つのがやっとの娘には十分にそれを伝えることができない。
夫婦は意を決して、危険だが実入りのいいと言われるダンジョンに挑んだ。1か月ほどして帰ってきた夫婦は、傷だらけの体で、他の報酬を全部パーティ仲間に譲った上で手に入れた、“魔力を筋力に変える”アームガードを持っていた。
娘は泣いて、泣いて、泣きはらした上でもう泣かないと誓った。愛する“両親”の想いに応えるため、毎日剣を振った。最初はブカブカだったアームガードがフィットして、引きずるようだったブロードソードを軽々と扱えるように成長すると、娘は両親と並んで戦うようになった。
エルフは成人するまでは、人間と同じように成長する。成人してから姿の変わらなくなってしまった娘は、エルフの特徴を隠しつつ、そのうち孫だと名乗りながら最後まで夫婦に寄り添った。最初は父、それから間もなく母を看取り、二人の墓に自分が握っていたプレートを一緒に埋めた。自分が持っている物はすべてこの2人がくれた。だから、自分のものであるプレートは、2人にあげる。
山中の粗末な墓だった。いつか稼いで、もっと立派な墓碑を建てることが、娘の夢になった。
***
「何泣いてんのよ」
男2人はちょっと涙ぐんでいる。少し盛りすぎたかもしれない。でもそれくらいの気持ちを分かって欲しくなった。今まで短期で組んできた人間には起きなかった感情。
「よしわかった、もう魔法使えとか言わない。でも、賢く稼ぐために小ズルくやろう。それくらいはいいよな?」
「そのハラは昨日もうくくったわ」
「じゃあ、目標は決まった。山越えの商隊の護衛から、途中で抜けてシャムの両親の墓まで行ってみよう。プレートがあればいいし、なかったら墓荒らしは必ず見つけ出す。それでいいか?」
「いいわよ」
ランスは地図を見つつ、少し考えこんでいる。
「もしかしたら、俺も寄りたいところがある……かもしれない。ルート的には遠回りにはならない。その時になったら言うけど、いいか?」
「できるだけ早めに決めてくれよ」
“寄りたい”、というのはウソだ。もう金輪際帰る気はなかった、故郷の村だった。