それはなにかとたずねたら
黒髪の、黒いシンプルなワンピースを着た小柄な女はそう言った。
女は布をかけたテーブルの前に座っている。テーブルの上には、時計盤のように円周に沿ってぐるりと目盛りのようなものが刻まれている、銀色の円盤が台座に乗せられていた。それを撫でながら続ける。
「あたしはボルトーノの盗賊ギルドから来たんだけどね」
「だから言ったろう! バレてるじゃないか! しかも街道の一番端にあるボルトーノにまで!」
「え、いや、まさか、そんな筈は…」
小声で詰め寄るランスと焦りまくるセスを横目に、シャムだけは静かにブロードソードを抜き放ち、黒衣の女に突きつける。女は焦った様子もなく、微動だにしない。
「その顔、できたら忘れてもらいたいんだけど」
「あら、何だか物騒ね?」
その途端、シャムの周りの地面から光が放たれた。よく見ると、女のテーブルの前には魔方陣のようなものが描かれている。シャムの、特に腕に着けたガードに強い光が集まり、そして、
「ひゃあっ!」
がしゃん、と音を立てて、ブロードソードが急に重くなったように床に落ちる。握っていたままだったシャムも引っ張られるように床に崩れた。
「な、なにコレっ、何したのっ!!」
「何かやってたのはそっちでしょ?」
静かに女は答える。
「あたしは魔力を打ち消しただけだもの。魔方陣の中だけどね。エルフにその鉄板は重すぎるんじゃないかしら?
ぐっ、とシャムが息を詰まらせる。
銀の円盤を撫でながら静かに女は呟く。
「何を誤解してるか知らないけど……ああ、ギルドに追われるようなことをしたのね」
「1日ほど黙っといてくれるとその……あの……なんていうかできれば……」
しどろもどろのセスに、こともなさげに女は続けた。
「安心しなさい、手配なんかどうでもいいから」
「へ?」
「だってあたしも家出中だもの」
「家出? っていうかちょい待って、俺の顔知ってるっていうのは?」
「そう! その顔! ギルドにいる男にとってもよく似てるのよ。双子みたいに」
無遠慮に、セスの顔を指さしながら言う。
「双子って……出来の悪い吟遊詩人の作り話じゃあるまいし」
剣を床に置いたまま、あぐらをかいているシャムが吐き捨てる。
「本当に双子だなんて言ってないわよ。でもこの人の顔の傷がなかったら瓜二つ」
「ボルトーノ……俺と同じ顔? それじゃあ、いるんだよ、それが……」
***
ある所に、旅商人の夫婦がいました。そしてある時、双子の男の子をもうけました。
しかし母親は産後の肥立ちが悪く、間もなく亡くなってしまいました。失意のどん底で途方に暮れる父親の元に2つの申し出がありました。
一緒に旅する商隊仲間の夫婦は、ちょうど子供が産まれたところなので1人なら一緒に育てられるかも、と。
その時立ち寄っていた街の商人夫婦は、ずっと子供ができなかったので1人引き取りたい、と。
やむなく双子の一人を養子に出し、商人は旅立っていったのでした。
***
双子らしき男の名前を聞くと、どうやら間違いないらしい。まさかの情報が飛び込んできたものだ。
「じゃあ、ボルトーノに寄りたい理由ってそれか?」
「一応顔くらい見せてからと思ったんだよ。ってあれ? 商人の家に引き取られたんじゃ……」
「ご夫婦2人とも、流行り病で早くに亡くなったって聞いたわ」
「セス、お前だってさっきの話だと商隊にいたんじゃないのか?」
「……うちも早くに死んだんだよ。親父の方もな」
首のレザーに手をかけながら呟いた。
「双子だからって似たような人生送らなくてもいいのにね。あ、そうだわ」
「何?」
「ちょっとそこに立って」
テーブルの前の魔方陣を指さす。さっき、シャムが光を浴びた場所なので少し躊躇するが、女から悪い気は感じない。
「顔の怪我、治してあげるわ。それがなかったら本当にそっくりだから」
「え、あ、あんまり魔法使うと寿命が……」
「平気よ。古語魔法とは違うから」
ランスは少し、複雑そうな顔をした。全く気付かず、セスはすこし調子に乗ってみる。
「そう? じゃあついでにこの傷跡も治るといいなあ。古い傷なんだけど」
と、元々顔にあった3本の長い傷跡をなぞる。これ、目立つからなあ。
魔方陣の中央に立つ。女が銀色の円盤を撫でながら、何かをつぶやいた。すると、
「痛ててててててて!!」
顔の傷跡に沿って、激しい痛みが走る。顔を押さえて座り込んだセス。
「ちょっとアンタ何したの!」
「この人の傷、呪いだわ」
「え?」
「ああ……そういやどっかの遺跡のトラップで……」
あれはどこだったろうか。確かもうカタールと組んでて……
「古い魔法。エルフの魔法でかけられた呪いね。さすがに手に余るからここでは解いてあげられない」
なんでそんなものにかかってるの、俺。遺跡探索のフィールドワーカーはギルドでも使い捨てって本当だったんだなあ。目立つ以外に支障はないからいいけど。
「でも、他の傷は治したわ。なにかひどい目にあったみたいね」
「あ、ありがと。えっとそれよりさ、これが本題なんで視てくれるかな?」
取り出した三角形のプレートを見せる。受け取りはしないで、女は持ったまま魔方陣に入るよう促した。先ほどとはまた違った光が放たれる。
「色々できるんだなあ」
「出来がいいの」
謙遜もせずに女は続けた。
「ねえ、そこの二人も陣に入ってくれる?」
シャムはさっきのことがあるので、少し抵抗したもののセスとランスでなんとかなだめ、3人で魔方陣に入る。放たれた光は3人――セスの場合は主に傷跡――とプレートを照らしているように見えた。
「はいはい、オッケー」
「なんだか分かった?」
「分かったわ。それだけじゃハッキリしないってことが」
「分かってないじゃない!」
黒衣の女には不快感しかないシャムがテーブルを叩く。全く動じない女は、指で空中に四角形を描き、その対角線を×の形で結んだ。
「こんな感じでね、4つ集まって初めて何らかの効果があるものじゃないかと思うの。エルフの魔法であることは確か」
「じゃあこれと同じものがあと3つあるってことか……見つけられるかな」
「集めるつもりなのか?」
「できないかな?」
「無理だろ!? こんな小さな、特徴も大してないもの」
「できるんじゃない?」
女はこともなさげに言う。
「エルフとハーフエルフ。エルフの魔法の傷。そのプレート。こんなの偶然じゃないと思うわ。だから……」
一呼吸おいて、セスにとってはあまり聞きたくなかった言葉につなげた。
「惹きつけられた結果があなたたち、なんじゃないかしら」
自分で選んだことだと思いたかった。ギルドを裏切ったのも、プレートを盗んだのも。そもそもギルドマスターに一泡吹かせたかったのも。
父親が死んで、商隊から飛び出して盗賊ギルドに転がり込んで……どこからだ? どこから、自分で決めたことなんだ?