1話
1803年。中瀬村。
この村には伊賀忍者がいた。
村の農民側から無足身分である忍者に対して、
農民とおなじ、棒役を務めるよう要請があったが、
忍者側が武士の身分であることを盾にそれを拒否したところ、村八分にされた。
それを不服に思い訴え出たが、村役人側は、武士としての身分を放棄して帰農するか、棒役を務めるならば仲介に立つと申し渡したという。
そこに1人、帰農も棒役も務めなかった忍の男が1人。
薄汚れた着物で歩き、ふらふらしていた。
今にも倒れそうである。
「腹減った…」
力尽き、壁にもたれかかりしゃがみこむ
誰も手を差し伸べようとはしない。
周りの人間は遠ざかってゆく
ここで、死ぬのだろうか。そう考えていた時、
「あの…大丈夫ですか?」
女の声がした。
忍はゆっくり顔を上げる
上等な着物を身につけ、心配そうに忍を見つめる女がいた。
「…大丈夫に見えんのか。」
「いいえ。だから声をかけたの。」
その女は一言、「しき」と呼ぶと
もう1人女が現れる。
そちらの女は女中に見える。
その、「しき」と呼ばれた女が忍に握り飯を差し出す。
「寿々奈様からです。ありがたく思いなさい」
「志貴、そのように言わないの。あの、良かったら食べて。」
「……」
忍はその握り飯を無我夢中に食べる
「そんなに慌てて食べたら喉に詰まらせますよ」
上等な着物を着ている女…寿々奈が笑って言う。
そんな寿々奈に忍が
「あんた、なんでこんなことしてくれるんだ。」と問う。
「…ほっとけなかった、からかな。」
その問いに寿々奈が困ったように笑う
「…ほっとけなかった、ね。…俺、村八分にされてんだだけど。それでも世話やくわけ?」
皮肉に忍が笑う。
「寿々奈様、もしかしてこの男は伊賀忍者の…」
「村八分にされようと、1人の人間が困ってたら人は助け合うべきです。」
きっぱりと言い放つ。
その予想外の答えに忍はなんだかむず痒くなる。
「…まあ、礼は言っておくよ。ありがとう」
立ち上がり、去ろうとする。
「まって!」
寿々奈が呼び止める
背を向けたまま立ち止まる忍
「あなた、行くところがないんでしょう?よかったら、うちに来ませんか?」
「寿々奈様!」
「お父様に相談して、貴方を雇ってもらえるようにします」
志貴の制止も聞かず、寿々奈は続けた。
「…いかがですか?」
「…俺に何させようってんだ。忍としてしか生きられない俺に。」
「……護衛、とか?」
「なんで疑問形なんだよ。」
忍は少し考えた素振りをして、振り向き
「恩もあるしな…いいぜ、やってやる」
そう言った。
「貴方、名前は?」
「魁。」
忍…魁は立膝を付き、頭を垂れた
「よろしく、魁」
寿々奈は、はにかんだ。