5話
「ほらほら、頑張るのはいいけど、もう閉館だからね」
俺は仕方なしに急いで片付けを始めた。
「瀬良が赤点とる教科って数学?」
「え?……あぁ、数学と国語と…」
「そう」
「と、英語と化学と歴史」
「ほとんどじゃない」
「…うっせ」
驚いて呆れられた。
歴史と化学なら暗記一夜漬け一本でどうにか回避できるかって感じだけど。
数学の不出来さでもう俺の脳みそレベルは知られてしまっただろうし、いっそ開き直った方が楽だ。
なにせ、彼女にはイケメンでスポーツマンでモデルで役者の完璧な俺は通用しないし。
「……あっちの席」
「ん?」
彼女が指さした席は奥まってて図書室で自習をする生徒からは見にくい席だった。
カウンターから見えそうではあるけど。
「あっちの席に座ってたら勉強教えてあげる」
「え?」
なんで、と小さく言ったのが聞こえてたのか、彼女は苦く笑った。
「…あまりにも不出来だし、赤点のせいで力入れたいこと出来ないんじゃ意味ないでしょ」
少しだけ、閉館間際の10分20分でよければと。
なんだなんだ、どうしたっていうんだよ。
あまりにも不出来って言い方は気に食わないけど、話すらまともにしてくれなかった今どうして着地点がここに来るわけ?
「…嫌ならやらなくてもいいわね」
「待った!いや、やって!教えてほしいですお願いします」
いつもの剣呑な顔に戻りかけたので慌ててまくしたてる。
好機なのか?ゲーム攻略、1面クリアできたのか?
にしたって、手応えがない…俺に好意があって言ってきた感じじゃないし。
「なあ」
「何?」
「LONE交換してくれ」
携帯アプリ起動して見せると案の定の反応が返ってきた。
「は?なんで?」
途端不快ですと言わんばかりの顔になった。あ、やっぱりいつも通りだ。
となると、勉強っていうパワーワードのおかげか?赤点とかそういうとこに反応してるのか?
「え、と、テスト期間中だけでいいから、勉強の…質問とか…?」
「嫌」
「あー!もー!お礼もするから!」
「お礼?」
「交換してくれればわかる!」
「嫌」
くっそ、本当可愛くない!
俺は自分のスマホいじって、あるものを見せつけた。
「あ」
「ほら、ほしいだろ?鈴木くんの寝顔」
「……そんな盗撮写真もらっても」
でもちょっと欲しがってる。さすがに俺でもわかるぞ。
「いいから、交換しろよ。鈴木くんと俺席近いからまだあるし」
「……」
渋々彼女は自分の端末を取り出した。そこでやっとLONEを交換する。
勉強というパワーワードでも連絡先交換は難しい…けど、勉強は見てくれる…やっぱり謎だな。
俺への好感度が相変わらず変動なさそうだから尚更に。
軽くスタンプ送るだけにして、俺は早々に図書室を後にした。
なんだかよくわからないけど、ここにきて新しい動きだ、逃すわけにはいかない。
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
この数日でどうにかしないとと焦るばかりだったけど、ここにきて風向きが変わってきた。
「…ここまで出来なくてよく今まで無事だったわね」
「……うっせ」
学年を滞りなくあがれているのはスポーツによる推薦と、夏休みとかの補講のおかげだと思ってる。
夏休みの補講があると、部活する時間減るから回避したいんだけど、なかなかうまくいかなくて、補講の度に部長に怒られる。
でも今回は大丈夫そうだ。
彼女の教え方がわかりやすいのもあるが、俺のものの理解力の良さといったら。
これなら赤点は回避できそうだ。
「いいんだよ。このテストで勉強もスポーツも仕事もできる瀬良悠斗になるんだからな」
「はいはい、頑張って」
棒読みじゃねえか。
「…てか、なんだって俺の勉強の面倒見るわけ?」
自分の勉強だってあるのに。
「…勉強ってね、誰かに教えられるようになると格段に自分の理解力が上がるのよ」
「ふーん」
読んだり書いたりとたくさん勉強方法はあるけど、彼女にとって誰かに教えることが1番自分の勉強になっているってことか。
「それに…」
言い淀んだ。先を急かすと、小さく溜息ついて小さく答えた。
「……鈴木くんがここで勉強する瀬良のことを気にしてて」
あぁそういう。
話を聞くに、同じ図書委員の鈴木くんも俺がここの常連であることを知っていたらしい。
しかもここ数日勉強しに来てるにも関わらず大して勉強が進んでない姿を危惧していたとか。
そういえば、クラスの連中と勉強できない話してたから、鈴木くんはそこも気にしていたのかもしれない。
その話を聞いて鈴木くんは図書室にいる時だけでも勉強手伝う方がいいのかと、よりによって彼女に話を振ってきたらしい。
いや、ここは鈴木くんよくやったと言うべきなのか?
結果的に彼女と俺は2人きりの時間を過ごしている。まあ進展はないけど。
「…つまり吉田は、鈴木くんの手を煩わせたくなかったってこと?」
「まぁ、そうね」
「ふーん、俺が鈴木くんに吉田の本性言うのを防ぐためじゃなくて?」
「それは勝手に言えばいいって言ったでしょ」
本性言って鈴木くんが幻滅するかと想像しても、なんだかんだ彼なら態度を変えずに付き合ってくれそうな気がした。そういう他人からの言葉や偏見で、他人への態度を変えるようなタイプに見えない。
「手止まってるけどわからない?」
「あ、いや大丈夫」
慌てて再開する。
彼女の様子を見ると端末を見て微笑んでいる。
あぁ、鈴木くん見てるのね。
なんだかんだ欲しかったんじゃないか。
しかもそんなキラキラして。
あぁ胸焼けするな本当。
「今日はいつもより30分早い閉館だから」
「今日でラストだからか」
「そうね」
テスト前日は図書室の閉館が早い。
数日教えてもらってて結局彼女の鈴木くんコレクションが増えただけで、特段何もない。
まぁ、前よりは喧嘩腰で話すのが減ったか程度。
テスト明けたら、また図書室常連に戻るだけか。
後は点数を教えてお礼するとかか?お礼もらわなそうだな…何持って行っても喜ばなそう。
満点のテストの方がまだ喜びそうだしな。
「うん、この問題解ければ十分でしょ。帰ろうか」
「おう」
いつも通り帰り支度して、彼女は図書室カウンターに戻っていく。
最終のチェックやらなんやらがあるらしい。
だけど、この日は司書さんがカウンターにいて彼女と話している。
なんだろうと思って少し近づいて話を聞こうとすると、司書さんと目が合う。おっと近づきすぎた。
「瀬良くん」
「あ、はい」
「吉田さんを送ってあげてください」
「…え?あ、はい」