第2話
突然、「バンッ」と大きな音を立てて酒場の扉が開く。
私たちが飲み始めたときはまだ夕焼けで明るかった外は、気づくとかなり暗くなっていた。酒場の明かりで逆光になっていて、思いっきり扉を開けた人物の姿がよく見えない。
足を引きずるようにゆっくりと近づいて来る不気味な人物。よく見ると長い髪が垂れていて、顔がよく見えないけど女みたいだ。「ひた……ひた……」とまるで全身濡れているような足音をたてながらゆっくり向かってきている。
明かりに近づいたことで少しずつ全身が見えてくる。汚れてボロボロにはなっているが、シャツとスカート、そして血だらけの破れたエプロン。
「うそだろ!リリーか!?」
「まさかグールに……」
お、一番最初に我に帰ったのは3人のうちの1人、アルだ。さすが肩書きはCランク冒険者だけあるね。続いてリッシュが相手の特徴から状況を確認、手元の武器を……。と、そこで武器がないことに気づく。いくら冒険者といえど、こんな時間まで腰を入れて酒を飲みに来ているのに、フル装備なわけがない。街の外での野宿ならまだしも、ここは街の中。田舎であっても街を囲う壁と門番のおかげで、魔獣に対して命の危険を感じることはない。
これだけ大人がいてもさすがに素手じゃグールには勝てない。リーチのある武器で確実にダメージを与える必要がある。酒場の机や椅子でぶん殴る?残念、ここは喧嘩っ早い大人が集まるところ。床に固定してあるに決まってる。つまり、『積み』だね。
どうやら他の人たちもそのことに気づいたよう。窓枠のせいで窓から避難もできない。ただただ立ちすくむ者、絶望から泣き出す者、手近なものでどうにか遺書を書こうとする者。
「おい、諦めんな!ここの酒場に来たってことは、ここにいる誰かがリリーって受付嬢に怨まれてんじゃねえのか」
そう、グールの怨みが特定の人物の場合、その人物が罪を告白し相応の報いを受ければ消滅することが証明されている。ロッソの言葉で、ここにいる人たちもそのことに気づいたようだ。
「口説けばやれそうとか思っていてすまん!」
「い、いつも胸ばかり見ていてすまなかった!」
「よく酒場の会計をごまかしてごめん」
「俺も胸ばかり見ていて悪かった!」
「尻軽だって影で言ってごめんなさい」
「谷間を見るためにわざと物を落として拾ってもらっていましたごめんなさい」
ちょっと、胸の話多すぎ!
その後も、大なり小なり、みな口々に罪の告白をしていく。内容はともかく、知り合いなら誰でも1つくらいは思いつくものがあるはずだ。
ここで何も発言できないのは、私たちのような会ったこともない人。もしくはとても人前では言えない人。
「あなたたち幼馴染なんでしょ?1つくらいはあるわよね?それに受付嬢のあなたも同僚なんだし思いついたのが1つはあるでしょ?」
ずっと震えている、Cランクパーティの3人。そして私が、エプロンの切れ端を出した時からうつむいている1人の受付嬢。
店の真ん中に向かっていっていたグールも、気づけばその4人の方を向いていて立ち止まっている。酒場の他の人たちも、怨みの相手が誰なのかに気づいたようだ。
「お、お前らがやったのか……」
「だって仕方なかったのよ!」
誰かの問いに答えるように、受付嬢が話し始める。
「ただ胸が大きいだけでちやほやされて、カマトトぶって!そのくせ幼馴染のコウと裏では付き合って。おまけに正義感ふりかざしてきて。誰のおかげでこのギルドがまわっていると思ってるのよ!だから殺してやったわ!包丁でズタズタにね!」
うわあ、女って怖い。知ってたけど。
この感じだと男3人にはここで喋る度胸なんてなさそうね。2人は申し訳なさそうにうつむいているだけ。コウだけは完全に憔悴しきっているようだし。このへんでいいでしょ!主犯の自供と、大勢のその証人。いくら仲が良くても、この人数を口止めさせるのは無理だろうし。
「王国捜査部の権利であなたたち4人を逮捕します。これからあなたたちは、殺人についての捜査を受けます。女神の加護によって嘘をつくことは許されません。いいですね?」
黙って頷く4人に拘束の首輪をつける。これは身体能力を大幅に落としつつ、魔法もほとんど使えなくする便利な首輪。もともとは奴隷につけるために開発されたんだけど、いろいろあってウチの捜査部でも使うことになった。一応5個持ってきてよかった。私がコウ、ロッソがアルとリッシュに。そして受付嬢の目の前のグールがポッケから首輪を……。
「「「「ええええぇぇぇぇ」」」」
数人は少し前から気づいていたようだけど、ここにいるのはグールじゃない。
グールにしては肌がきめ細かく白くて……うらやましい。じゃなくて。これはさすがにグール用のメイクをする時間はなかったからしょうがない。
あといくら罪の告白をしてくれていても、さすがに立ち止まって聞いてくれるほど優しくない。なにより、田舎町だといっても、本物のグールが1体で、そう簡単に町の真ん中までこれるものじゃない。もしそうなったら、今頃、町中がグールで溢れてる。まさにグールハザードになっちゃう。
ただ受付嬢を中心にまだ本気で怯えてる人もいるみたい。あ、カツラの隙間からニヤッとした顔が見えたよ、楽しんでるなあいつ。
さすがに混乱が収まらないからカツラをとってもらう。
この金髪ショートの美女がルナ。くうう、あの胸の脂肪が憎らしい……私もグールになりそう。いやもしそうなったら彼女は私の目の前で「胸が大きくて美人でごめんなさい」って罪の告白をするのか?罪の告白をされつつもさらに怨念が増すという悪循環。世の中のためにも、私は絶対にグールになっちゃいけないのかも。
そうこうしていると高身長爽やかイケメンのソールが、計画通り警備兵を連れてやってきた。
ルナとソールが並ぶとさすがに、みんな気づきだしたみたいだ。そうそう、さっき喧嘩してたのはこいつらだよ。
この事件の結末。
もともと田舎だけあって、なかなか冒険者が育たなかったギルドは悩んだ末に、コウ達4人から賄賂を受け取る代わりにCランクパーティへ昇進させた。ギルド側は、溜まったCランク依頼の消化と、若手パーティの昇進の実績を作ることで他の冒険者を奮起させる目的で。パーティ側は、報酬の良い依頼を受けることができ、町の人にもチヤホヤされる。
両者が旨味のある取引に思えたが、ある依頼でメンバーが1人犠牲になってしまう。それがきっかけで、パーティ昇進に疑問を持ち、独自に調べていたのが今回の被害者のリリーだった。
もともと、恋人のコウがいることもあって、パーティの能力を詳しく測り、地道に育てようとしていたリリー。明らかにCランクにまだ実力も実績も届いていないと、疑問に思っていたそう。
取引がバレて、もみ消すために殺し、森のに穴を掘って埋めた。魔獣が掘り起こさないくらいには深く埋めていたので、さすがにギルド受付嬢をするだけの知識はあったみたい。
ちなみに私たちは、血まみれのエプロンを見つけたわけじゃない。
飲みの途中、私が席を立ったタイミングで、ルナとソールが喧嘩をはじめて注目をあびる。そのうちに従業員用更衣室に忍び込んで、きっとあるだろうリリーの予備のエプロンを盗む。あとは用意してた血のりをかけて、適当に破いて、切れ端はポッケに、残りは窓から予備の制服と一緒に裏道へ投げ捨てるだけだ。エプロンが意外と頑丈で苦労したよ。
出ていったルナが、裏道で着替えてカツラをつければ美人すぎるグールの完成。あとは酒場が静かになったタイミングで思いっきり入ってきてもらう。
正直、グールと信じてもらえるかは微妙なところだった。グールに似せすぎると、そんなのが酒場に入ってくのなんて見られたら、町が大騒ぎになっちゃうしね。遠目に見れば、少し汚れた長髪受付嬢。直前までグールの話を聞いてれば、死んだかもしれないリリーのグール。うまくその境界を狙うのは難しかったけど、そのへんはルナの演技力と、ギリギリまでソールが近くにいることでカバー。
というわけで、今回の事件は一見落着。私たちの仕事はここで終わり、2泊くらいゆっくり観光してから王都に向かうよ。逮捕した4人は、まず警備兵に事件を詳しく調べられてから王都に行くから、そこまでは付き合ってられない。
事件がキッカケで、この町では巨乳の需要があると分かって、ルナは喜んで出かけていった。ソールも、好みの人妻がいたらしく、せっかくとった宿に帰ってくる気配がない。あの2人は王都行きの馬車が出発するまでこのままだろう。
「もっとモテると思ってた」
「もっと闘えると思ってた」
休暇を楽しんでる2人とは対照的に、私とロッソは毎晩酒場に夜中までいる。
難事件を解決!ってことでモテモテだと思っている時期もあった。ただ実際はみんな見た目がいいルナとソールの方に行くんだ……。いや私だって1人でこの町にきてたら、もう少しはモテていたかも。隣に圧倒的美人がいるのはつらいよ。
ロッソは戦闘狂なので、荒くれ者や凶悪犯、道中の魔物と闘えると思ってたらしい。
気のいい冒険者たち、大人しく捕まった犯人、田舎すぎて出てこない強い魔物……。どんまい。
とりあえず、こんな感じでやっていこうと思っています。
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