なぬっ、自己批評もダメなのかいっ?!
すごくびっくりでございます。
なにがって? 今朝食べた食パンが、実は消費期限とっくに切れてたとか、そんなお話じゃございません。お昼に食べたカレーが今まででいちばんおいしかったとか、そんな話題でもございません。
なぬっ、自己批評もダメなのかいっ?!
—— でございます。
いや、私、こう見えても(どう見えても?)、批判には懐疑的なのですよ。つまり、他人からの批判にはね。ネットじゃ特に、どの批評家がどれだけの知識を背景に言ってるとか、根拠がどうとか、そういうのわからないじゃないですか。される側がそれを判断できるくらいならそれもいいんでしょうけど、こっちだってそんな見識持ち合わせてないっつーの、って感じですから。……要は、よくわからない方向に闇雲に引っ張り合うよりは、自分で勉強して吸収して、自分自身が正しいと思える方向に進んでったほうが悲劇が少ないんでないの、ってわけで。少なくとも、「あんたのせいで崖から落ちた」なんて言わなくて済む、でございましょ。
ただし、でございますよっ。
なぬっ、自己批評もダメなのかいっ?!
—— びっくりでございます。
というのも、なんかこんなご意見をね、何箇所かで拝見してしまったもので……
「底辺って言うな」「自分の作品を貶めすな」
……まあ、文脈によっては作者へのエールなのかもわからんでしょう。でもね、こうつづく場合、どう思います?
「読者の俺に、失礼だろう」「貴様の作品が好きな俺がバカだってのかい」
……いや、これも、文脈によってはツンデレキャラ系の読者によるユーモアエールなんでしょうし、最初に言った人間は、おそらくそのつもりで言ったんじゃないかなー……なんていう楽観的な憶測がないわけでもないのですけれど……
なんか、本気でこんなこと言ってる読者さんが、いるような気がしてならないのですっ。
そう、つまり、これがっ!
なぬっ、自己批評もダメなのかいっ?!
—— の意味でございます。
なんか、最初に言った人はユーモアのつもりで、作者さんを励ますつもりでおどけて言ったのかもしれないけれど、こういうのってね、字面だけ見て真面目に受け取っちゃう人っているんですよ、たぶん。おそらく。……ええ、もしかしたら。(最悪、言った人にはその気がなくても、言われた作家さんが「あ、失礼にあたるんだな」と真に受けてしまうこともありうるわけで……。)
で、そうなるともはやエールでもなんでもなく、完全なる読者のエゴでしかなくなって、作家は前に進めなくなるんですよ。いいじゃないですか、「底辺」でも「道糞」でも「くたばってしめえ」でも、え?
さて。もうなんども、いろんなところで話題にしているので、いい加減、拙作読者さんの半分くらいは読んでくれてるとは思うのだけど(ほんとかよ)、チェーホフの『かもめ』という戯曲がありましてね。(青空文庫に載ってますよ。)
第二幕、コースチャとニーナのやりとりがあって、満を持して登場する大作家ボリース・アレクセーエヴィチ・トリゴーリン先生がですね、ニーナ嬢ちゃんに語るわけですよ、作家の苦悩をね。大先生いわく、書いているうちは愉快しかしいざ刷りあがってしまうと我慢がならん、とまあ言った次第です。世間はいろいろ言って評価してくれるみたいですが。でもって、ちょっと抜粋しますね。
ニーナ でもちょっと。わたし、そんなお話は頂きかねますわ。あなたは、成功に甘えてらっしゃるんだわ。
トリゴーリン どんな成功にね? わたしはついぞ、自分でいいと思ったことはありませんよ。わたしは作家としての自分が好きじゃない。何よりも悪いことに、わたしは頭がもやもやしていて、自分で何を書いているのかわからないんです。[……]
やっぱり作家ってのは、こうやって悩める人間じゃなきゃあと、私は思うわ、ってなわけですよ。
そして、このボリース大先生をやっかんでライバル視しているコースチャくんも、第四幕では自己批評をしています。しかも、この憎っくき大先生の作風と比較してね、俺の文章はなっちゃいない、と。
まあ、読者さんには理解はできないんでしょうけど、せめて配慮はしてほしいなと思うところでありました。その……、作家というか、ものを創りだすアーティストの生態ってものに、ね。
ニーナ でもちょっと。わたし、そんなお話は頂きかねますわ。あなたは、成功に甘えてらっしゃるんだわ。
トリゴーリン どんな成功にね? わたしはついぞ、自分でいいと思ったことはありませんよ。わたしは作家としての自分が好きじゃない。何よりも悪いことに、わたしは頭がもやもやしていて、自分で何を書いているのかわからないんです。[……]
上記の箇所は、アントン・チェーホフ作品『かもめ』(神西清訳)からの引用です。
青空文庫「図書カード:かもめ」ページURL↓
https://www.aozora.gr.jp/cards/001155/card51860.html