しゅくめいのこい
図書室で借りた本の中に、覚えのない装丁のものがあるのに気付いた。
薄い背表紙にも表紙にもタイトルはない。それどころか、図書室の本には付き物のコーティングもされてなければ、管理のためのバーコードもない。
誰かの私物が紛れ込んだんだったら困るな、と外側を一通り確認してから、そっと開いてみた。
『これを、次の私が目にするのかはわからない。
そういうことが起こりうる世界なのかもわからない。
だけど、記録しておこうと思う。私の身に起こったこと。私が感じたこと。
ただ、書くことで整理をしたいだけなのかもしれないけど。
もしかしたら、これから先の私の、何かの助けになるかもしれないから。』
――そんな書き出しで始まったその本は、一人の人物の独白のようなものが平易な言葉で綴られていく形をとっていた。
生まれた時から幼馴染で親友の女の子がいること。
その子はとてもかわいくて、大好きな反面、自分を比べて引け目に思うこともあったこと。
それでもずっと仲が良くて、高校も同じ学校に進学したこと。
周りの友人たちが恋の話で盛り上がるのが羨ましくて、恋に恋するように一人の先輩を好きになったこと。
……それを打ち明けた途端、親友の彼女が、突然わけのわからないことを言い出したこと。
『想い合っていたけれど悲劇に引き裂かれ、悲恋に終わった恋人たちがいた。
気まぐれを起こした神様が、結ばれるように宿命づけようかと提案する。
一人は来世に叶わなかった想いの成就を願わなかったけれど、もう一人はそれを願った。
その食い違いを面白く思った神様は、100度の想いの成就を約束した。
――その恋人たちが彼女と私なのだという。
意味がわからなかった。何を言い出したのかと思った。
そんな夢想を口にするような子じゃなかったのに、どうしてしまったのかと思った。
戸惑う私に、彼女は、『はじまりの恋人たち』の名前を口にした。
その瞬間、理解してしまった。させられてしまった。
確かに私はその恋人たちの片割れなのだと、理屈ではなく思い知らされた。
だけど私には、彼女への親愛しかない。
彼女のことは好きだけれど、それは親友への、幼馴染への好きでしかない。
先輩への、恋に恋する気持ちは吹き飛んでしまったけれど、女の子を好きになる気もしない。
恋に性別なんて関係ないというけれど、嗜好の問題として、私は男の人が好きだと思う。
彼女は、はじまりから途切れることなく覚えているという。
私は、今が何回目なのかもわからないのに。
それは想いの強さの差なんだろうか?
自分がはじまりの片割れだったことは理解しても、どこか別人の話のような気がする。
『好きだった』のは確かだけど、その気持ちは、私のものじゃない気がする。
彼女が好きなのは本当に私なんだろうか?
はじまりの相手だから無条件で私を好きになったんじゃないだろうか。
わからない。わからない。
彼女は私を好きだと言って、宿命だから結ばれるんだよ、と笑う。
想いが成就すると確信している。
それはたぶん、はじまりから今に至るまでに、何度も結ばれたからなんだろう。
だったら私は彼女を好きになるんだろうか。
女の子を好きになるとは思えない、この感覚がどこかへ消えて。
親愛でなく彼女を好きになるんだろうか。
それは自然な心の動きなんだろうか。
絶対に結ばれる、そんな宿命が本当にさだめられているなら、
その恋は、愛は、
呪いのようなものじゃないだろうか?』
「――ああ、よかった。読んでくれたんだ」
かけられた声に、顔を上げる。
先日編入してきた転校生がそこにいた。
他の同級生に比べて段違いに垢抜けた物腰。整った顔。そういうものに騒ぐ声は聞いていた。
クラスでも地味な部類の本の虫な自分には関係のない話だと、そう思っていたのに。
彼は誰よりも親しげな笑顔で、まるで旧知の仲のように、それが当たり前のように、親愛のこもったまなざしを向けてくる。
「『前』の君が、『次』の君の役に立ったら、って書いてたみたいだから、お願いしておいたんだ」
神様に、とは言われずともわかった。わかってしまった。
「これからよろしく、――」
囁くように続けられたのは、耳慣れないはずなのに、とても懐かしい響きの名前。
『理解してしまった。させられてしまった。
確かに私はその恋人たちの片割れなのだと、理屈ではなく思い知らされた。』
読んだばかりの文章が、脳内でリフレインする。
――彼女は、今度は『彼』になったのだと、私は知った。




