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 実地訓練が終了すると、実際の部隊に研修として派遣される。といっても前線まで行く訳じゃなく、この基地内でのことだ。むしろ、宇宙空間での開発ラボでの研修なんて、ここでなくては体験できないだろう。


 ぼくたちの班は最初に基地本部へと送られた。

 本部は宇宙港の北200kmのところに置かれた、地上32階、地下8階のビルで、最下層からは地下道が更に北の第2宇宙港につながっている。事務的な業務のすべてはここで処理され、惑星全体が運営されているという。こんなビル一つで?と思うけど、事務官自体は部隊ごとに配置されていて、報告を集積して管理するだけなので大丈夫なのだとか。

 ビルの中には、食堂はもちろん接待用のバーもあるというのだから驚きだ。士官のIDがないと入れないから、一般志願兵のぼくらには縁のない世界だけど。


 ぼくの研修は、主に司令部との交信を受け持つ通信部門からスタートした。

 25階の通信制御室は、26階以上が無いビルの一角にある。通信用の衛星へ信号を送受信するアンテナを設置する関係上、そういう構造になったらしい。

「軍内部の情報は暗号化されて届きますが、それ以外の一般通信も重要です」

 研修担当としてぼくらに付いた通信兵アトレイ・センテーノ軍曹は、すこぶるまじめに説明をしてくれた。

「多くの人がゴシップと馬鹿にするものでさえ、その裏に潜む真実を見抜くことができれば、世界の動きを知ることにつながります。そうして宇宙全体の情勢に目を配ることで、今後の行動に大きな指針を得ることも出来るでしょう」

 なるほど、と深くうなずくぼくらに、隣にいたもうひとりの通信兵の人が笑った。

「話半分に聞いておけよ。こいつはそう言っているが、予想を当てた試しがないんだ」

「失敬な。そもそも当たる当たらないを問題にしているわけではないのです。常日頃から様々な視点で物を見る習慣を身につけることが・・・」

「はいはい。わかったから業務についての説明を始めるぞ」

 後で聞いたところでは、こんなやりとりはいつものことらしい。センテーノ軍曹は、連邦内のいろいろなことを予想しては同僚たちに披露することからブックメーカーと呼ばれていて、それが当たるかどうかを楽しみにしている隊員も多いのだとか。実際に賭が行われているわけではないけれど、意外とフランクな職場環境に、ちょっとホッとした。

 もちろん、情報管理には厳しいと言っても足りないくらい厳格に規定があり、そこは少しでも外れると容赦なく罵声が、場合によっては鉄拳が飛んできた。間違いなく、スティーブンスン教官の薫陶のたまものだ。

 通常、通信部には〈ゲート〉を管轄する業務もあるけれど、この基地内ではゲート航法士の出番はあまりないため、基本的に配属はない。移送船団の乗組員の他は、ゲートサーチャーの改良等で開発部に所属している人が数名いるだけらしい。


 次は主計部。ビルの2階から10階を占める、規模の大きな部署だ。

 企業で言えば経理部であるここは、金銭の管理が行われるだけに、さすがに厳格な雰囲気だ。その中で、窓口を担当している女の子の朗らかさは際だっていた。

「あんまり無茶な予算を計上されたら怒るけど、そうじゃないなら明るく対応した方がお互い気持ちいいでしょー?」

 屈託無く笑うホアン・タム・メイ一等兵に深く感銘を受けていると、いきなり恋人の有無を聞かれた。研修中のぼくらからすれば階級が上の相手だし、命令なのかと焦っていたら、単に好奇心、と言われて脱力する。

「えへへ、コイバナ好きなんだー。この基地に配属になったら、ぜひ申請のついでにちょっと雑談していってね」

 なんと答えるべきか、班の全員が悩んだのも仕方ないと思う。

 予算申請は、年度予算と緊急予算がある。年度予算は文字通り、その年に使う予定の金額を計画書と共に提出して申請する。緊急予算は、作戦行動などで急遽必要になった予算を申請するもので、審査期間は短いけど基準は年度予算より厳しい。それでも、年度予算に盛りきれなかったものを追加でねじ込もうとする部隊も多く、主計部とのせめぎあいなんだとか。

 中隊規模以上なら部隊ごとに主計管理官がつく。けれど小隊単位での行動だと副官補佐あたりが経理担当になるらしい。そうなると、ぼくらみたいなただの一兵卒でも予算案の提出にくる可能性はある。手ぶらで部隊に戻れば非難の嵐なのは予想に難くない。その時のために、申請書の規格はちゃんと覚ておこうと思った。せめて審査前にはじかれるようなことは無いようにしておかないと。

 緊急申請と言ってもさすがにすぐに支払われるわけはなく、どれだけ早くとも翌日だ。それも担当管理官が徹夜で手続きを済ませるくらいの作業を強いることになる。だから、ひと月、せめて1週間前には申請書を提出して欲しい、とホアン一等兵は言った。

「定時で帰りたいなら主計部に入れ、なんて言う人もいるみたいだけど、普通に残業ありますからねー? 年度末なんて戦場だもん。そりゃ、前線で実際に戦う人に比べたら命の危険はないけど、楽なんてことはぜったいにないから」

 数字が苦手な人には特に地獄だよー、なんて楽しそう言われて、どう返事をしろと。


 宇宙軍は、機動科、軍務科、技術科の、大きく3つの科に分かれている。その中でも軍務科は定時の概念がある部署が多く、規則正しい勤務を希望する人がその方面を志願するのは事実らしい。

 機動科は前線に出ることの多い部署だから、実戦の最中に定時だ何だと言うのが無意味なのは当然だ。技術科の通信部門や衛生部門は基本的に3交代のシフト制だし、その他の整備や造船部門が徹夜上等の24時間勤務だという話も聞いている。

 だけど、軍務科だって基地勤務なら定時退勤があり得たとしても、部隊配属になったら前線に出て仕事をするわけで。定時になったので明日の朝まで仕事しません、なんて言って通じるわけもない。

 要するに宇宙軍はどの仕事も大変だということだ。

「最後にものを言うのは体力」

 ・・・うん、教官殿の言っていたことがわかった気がする。


(to be continued・・・)

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