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『後は王太子殿下と、ガイ殿本人に聞きなさい。私の口から言うのは野暮ってもんだから』


殿下の使いが迎えに来て、姉様は私を抱き締めた後、そう言って退出して行きました。また顔を合わせるのは一期の後の年越しでしょうか。少し寂しく思いつつ、私は外出用のワンピースに着替えて、呼ばれた個室へと足を運びました。


中へ通されると、空かさずお嬢様が駆け寄って私を抱き締めて下さいます。

無事な姿を確認出来て、思わず涙腺が緩みそうになるのを、私は目頭に力を込めて何とか耐えました。そのまま、直ぐに離れたお嬢様の前で膝を付き、お手を取ります。


「アリアナ様。この度は私をお救い頂き、誠に有難うございました。そして、護衛の立場でありながら、主人を危険に晒した罪、どうかこの身を粉にしてお仕えする事で、許しては頂けないでしょうか? 」


お嬢様は少し戸惑って、そのまま私の手を引いで立ち上がる様に促しました。


「何を言っているの? 私も魔法を有する者として、自分の出来る事をしたまで。貴女が謝る事も、悔いる事も無いの。どうか、いつもの調子で居て。……本当に、ラナが無事で嬉しいの。本来なら、病み上がりの貴女をもう少し休ませてあげたいのだけど……」


そう仰って、アリアナ様の綺麗な瞳が涙で滲みます。私は慌てて目一杯の笑顔で応えました。


「私はもうすっかり大丈夫です。ですから、お嬢様が憂う必要はございません」


「私からも、謝罪を。ミス・レイン、体調の整っていない内から無理をさせてすまない。貴女の部屋に押し掛ける訳にも行かないから、呼んでしまったよ。どうか2人共、席に着いて欲しい」


殿下にそう促され、お嬢様と私は殿下の正面に着席しました。



「アリアナがどうしても、貴女が揃わないと今回の件について説明しないと言っていてね。とりあえず、砂竜(サンドワーム)の討伐の経緯を説明するから聞いて欲しい。話す間、茶も菓子も自由に食してくれて構わない」


そう前置きをされて、殿下が私が気を失ってからの経緯を説明して下さいました。




あの後、ホムラがお嬢様と私を回収し、ガイが乗るシズルがミレニス嬢と共に私達を学園へと送り届けて、その後ガイはホムラと一緒に丘の上まで急ぎ戻ったそうです。シズルはまだ小さく、長時間飛べないので、そのままお嬢様へ付けたそう。


その間には既に水牢が完成して、砂竜の閉じ込めに成功。別の飛竜に乗っていた殿下が、用意していた貫通の付与を与えた槍、剣を雨の如く砂竜へと振らせて傷を与え、空かさずヒース王子が雷魔法を水牢に流し込んだそうです。


ヒース王子まで参加されていた所に驚きましたが、殿下方は騎士科の授業も受けてらっしゃいますから、当然と言えば当然ですけれど……何されてますの……護衛対象自ら上位魔物討伐に参加されると冷や冷やします。まあ、無事でしたけれど、何だか心臓に悪いお話でございます。


その後その場に戻ったガイが、水牢ごと砂竜を凍らせ、絶命したのを確認した後に、ホムラと他の火属性の飛竜が凍った砂竜を燃やし尽くして塵も残さない程に焼き上げたそうです。



……なんて事でしょう!

暫くの間、あの丘は何も生えない焦土となってしまったのです。

しかし、砂竜は上位の討伐魔物です。生かしては置けない対象ですから、その対処は的確で、当然でございます。けれど、説明されても腑に落ちません。



そう、何故ならまるで砂竜が出ると分かっていたかの様に、怖いぐらいに準備が整っていたのですから。



てっきり逃げてくれたと思っていた殿下にヒース王子、そして護衛のガイが予め呼び寄せていた飛竜に乗って、砂竜を撃破……


「……殿下はご存知でしたの? あそこが砂竜の巣だと……」


恐る恐る殿下を見れば、無言のままかぶりを振っています。


「いや? でも、何かは起こると思っていたよ。それで準備を着々と進めていた。念のため、レイン家にお願いして、私が出来る範囲で武器も掻き集め、付与魔法を施しておくぐらいには」


……もう、何処かで開戦でもする勢いの準備なのですけれど。思わず首を傾げれば、殿下は少し口角を上げました。


「どうして私がそこまで準備をしたのかは、アリアナの話しを聞かなければいけないんだ。これで話してくれるかな? アリアナ」



殿下の言葉に、横に座ってらっしゃるアリアナ様を見れば、少し辛そうにしておいでです。私はそっと、握り締められたお嬢様の手を自分の手で包みました。


はっとした様にお嬢様は顔上げ、殿下を見てから私へ顔を向けると、何か決意を固めたのか静かに頷きます。



「スチュワート様……いいえ、殿下。ずっとお話する機会を長引かせ、申し訳ございませんでした。そして、ラナ。ガイ様。巻き込んでしまってごめんなさい。……私は……、私、アリアナ・エストルドは、あの場で死ぬ運命にございました」



……え?


何を仰っているのか分からず、私はお嬢様の手を強く握りました。お嬢様は曖昧に微笑まれ、また話し始めます。


「上手く言葉になるか分かりませんが……」


「良いよ、アリアナの話しやすい言葉使いで構わない」


「……ありがとうこざいます。皆様、驚かれるかも知れませんが、私は転せ……未来視がございます」


殿下はさも知っていたかの様に、無表情のままです。けれど、私は動揺していました。未来視など、神殿に召し上げられて聖女として保護される天啓です。それが、お嬢様が? 全く存じ上げておりませんでした……


「と言っても、私が死んでその後までぐらいしか分かりませんし、国の事よりは自分自身や周りの人の事が少し分かる程度のものです。始め、気付いたのはこの『魔法解除魔法』が発動した時です。私は、私の人生を見知っている、と」


「…………」


誰もが言葉を発せず、お嬢様のお話の続きを今か今かと待ちます。


「死ぬ運命が待ち受けておりましたから、それは焦りました。しかし、気付いた時には魔法が発動した後。私は家族に大事に大事に守られていて、逃げる事は叶いません。しかし、どうしても死ぬのを回避したかった。私が死ぬ時、他にも多くの方が犠牲となってしまうから……そして、それが殿下の精神的外傷(トラウマ)になってしまうから……。もう、婚約して数年経っておりましたから……政略的な婚約でしたけれど、殿下はとても良くしてくれましたし、家族も大事です。皆、私に関わる事で悲しませたくなかった」


「お嬢様……」


私はお嬢様の心情を考えると、泣きたくなってしまいました。幼い頃からそんな不安を抱えて、どんなに心細かったでしょう。もっと早く私がお仕えしていれば、何か変わったのでしょうか?


「一番運命を歪ませたのはね、ラナ、貴女なの」


「私、ですか? 」


何の事なのか分かりません。自然と眉間に皺が寄ってしまいます。


「貴女は、本来なら学園卒業後に殿下の護衛に召される筈でした。そして、氷使いのガイ様と炎の魔女ラナ・レインとして、殿下の双璧と称えられていた筈だったの」


「え? え? 炎の魔女?! 殿下の双璧? 全く想像出来ませんが……」


「ふふ、ええそうなの。私が口説いてしまったから……けれど、貴女は私の元へ来てくれた。私のあの時の喜びを分かって? 変えられない運命が密かにズレたのかも知れない、事故など起こらないかも知れないと、貴女が私の屋敷に来てくれた時思ったわ」


「は、はあ……」


やはり実感が湧きません。運命が変わったせいでしょうか? いえ、私の敬愛する主人はアリアナ様只お一人。当然の感情ですね!


「そう思って喜んだのも束の間。学園の中で、あの方を見つけてしまったから。ミレニス・セルーク。彼女は本来ならラナの代わりに砂竜と対峙して、魔力を吸われ……魔力暴走を起こすの」



「……えっ? 」



「……本当なら、あの試験は、魔法科と騎士科の合同試験だったの。騎士科の3年生と魔法科の実技受講者と騎士科で護衛を。魔法科の座学受講者は要人役を。魔法科は各学年の優秀者が集められた。そして、護衛側にはミレニスさん。要人役には私も入っていた。今回よりも倍以上の人数が、あの丘へと向かう筈だった」


それを聞いてぞっとします。逃げ遅れも、混乱も起こっていたかも知れない。そんな中であの巨体が暴れたら……


「それでガイ様とラナが砂竜を抑えている間、ミレニスさんが『生物操作』の魔法を試みて……暴発。渦巻いた行き場の無い魔法を止める為に私が間に行って、ミレニスさんの魔力は収まって……でも、そこで砂竜が暴れ出し……丘が崩れる」


「!! 」


もう討伐は済んでいます。皆ここに無事におります。けれど、もしもの話しに恐怖が襲い、私はますます手に力が入ってしまい、気付いて慌てて力を緩めました。


「殿下もご自身や騎士の剣に『貫通』を付与して戦っておられたけれど、口元へ届かないから傷は浅く、ラナとホムラだけでは空中からの攻撃も足りなかった。今回と違って教官方が少なかったから、水牢作製に時間が掛かってしまったの。暴れる砂竜と共に私も崩落に巻き込まれて……殿下や、ミレニスさんが手を伸ばして下さるのだけど、届かなくて……そのまま……」


私は視界がぼやけている事に気付いて、泣いているのだと気付きました。お嬢様は確かに生きてここにおられます。けれど、万が一、もしかしたら失っていたのかと思うと後から後から涙が止まらないのです。



「大丈夫、ラナ。皆生きれた。貴女が頑張ったお陰よ」


そう言って、私の手からご自身の手を抜き取り、お嬢様はハンカチで私の涙を拭いて下さいます。



「……何故私に相談してくれなかった。相談してくれたら、試験の場所だって変えられた、その前に本職の騎士団で討伐に行っても良い。何故なのか教えてくれないか、アリアナ」


お嬢様はハンカチを収めると、少し怒気を孕んだ声色の殿下へ向き直しました。


「……逃げては駄目なのです。きちんと原因を潰しておかなければ、違う日に、違う場所で同じ目に合う」


「何故そう言いきれる? 」


「……私の……勘、ですが、魔力の流れがそれ程に大きく、それにより運命の力も大きい。私はその目に会わなければならない『役割り』なのです。だから、避けて通れないならどうにか潰せないかと……」


「それにしたって、言ってくれても良いだろう! 」


「だって、それで砂竜が現れなかったらどうします? そして別の日、別の場所で同じ目に会って、沢山の人が亡くなったらどうしますか?! そんな簡単に『私は、未来が見えるから、砂竜を討伐へ行きましょう』と言えると思いますか? 」


「言えば良かったんだ、言ってくれたらどんな事をしたってアリアナを守るのにっ」



「言ったら助かった後で神殿に入らなければならないじゃないですか!! 貴方と離され、私一人で! 」



珍しく興奮されて立ち上がった殿下が、その言葉を聞いた途端に、へなへなと力無く椅子へと座り込みました。確かに、そう宣言して討伐をした後は…皆に未来視が周知され、聖女だと祭り上げられるでしょう。そうすれば、必ず神殿から要請が来るでしょう。


聖女は女神に身を捧げよ、と。



そうしたら、助かったのにお二方は離れ離れです。




「私……私は狡い女なのです。『役割り』があるのに、死にたく無かった。……好きになってしまったから……スティ、ごめんなさい、私は貴方と共に生きたかった」



その言葉がお嬢様から力無く紡がれた瞬間、殿下の紫色の瞳から涙が零れました。



咄嗟に私は顔を背け、立ち上がります。



「……すまない、暫く2人にしてくれ。今この瞬間のアリアナは私だけのものにしておきたい」



返事の代わりに頭を下げ、私とガイは侍従へ任せ、部屋を後にしたのでした。





「……泣くな」


「はい……」


私は失う恐怖とそうでなかった安堵と、お嬢様の本当の気持ちを知って、そして殿下の気持ちも…全てが綯い交ぜになって、私の感情はぐちゃぐちゃになってしまって涙が止まりません。



そんな私を、ガイは抱き寄せ、頭をずっと撫でてくれるのでした。




書いてる時に、自分の中では学園受講は「三年制」が、一話で四年制となってましたので直しました。三年制です。

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