憧れのお姫様抱っこ
「いいかげんにしやがれっ!おいっ、だれかこの馬鹿をどうにかしろっ」
副長の怒鳴り声ではっとすると、俊春にお姫様抱っこをされていて、かれのかっこかわいい相貌をみあげていた。
「ちょちょちょ、なにをするんです?」
「副長の命令を行使しているだけだよ。あっそれと、ぼくはきみより年少だ。タメでいいよ。さっき、にゃんこがいっただろう?」
「わ、わかった。そうする。だけど、これはやめてくれないか?超はずかしいんだけど」
「きみの大好きなBLにでてきそうなシチュエーションじゃないか。これって、抱っこされているほうが受けなんだよね?」
「な、なんてこと。おれは受けじゃない。たぶん。いやちがう。そもそも、BL好きってところが間違っている。いや、そこでもない。兎に角、おろしてくれ」
「おろす必要などないぞ、ぽち。そのまま若松城内をねりあるいてから、桑名少将にお目通りを願うんだからな」
「そそそそ、そんな殺生な」
桑名少将だけではない。若松城内には、この戦を生き残る人たちは大勢いる。
『お姫様抱っこの似合う新撰組の犬の散歩係』
こんなふうに後世に語り継がれてしまうだろう。
これぞまさしく、黒歴史である。
「へー、それが「お姫様抱っこ」っていうんですか?」
「なんかちいさな女子みたいで、超絶恰好悪いね」
市村と田村が俊春とはさんで肩を並べ、おれの相貌をみおろしつつはやし立ててきた。
「エブリバディ!リッスン・トゥー・ミー。「お姫様抱っこ」とは……」
しないでもいいのに、現代っ子バイリンガルの野村が、「お姫様抱っこ」について説明をしはじめた。
ってか、俊冬と俊春は、英語だけでなくそんなしょーもないことまで教えているのか?
「というわけで、夢みる若い女子ならまだしも、いい年齢ぶっこいた野郎がされるのは、本来であれば屈辱ものである。それこそ、武士の魂である刀を穢されるのと同様、ストゥーピットってわけだ」
「いやまて、利三郎。そこまでじゃない。たとえば、病気や怪我で運ばれるようなときがある……」
「でも、主計さんは病気も怪我もしていないよ。それどころか、ムダに元気だよね」
「そうだよ。元気だけがとりえっていうの?」
野村に反論したら、ソッコーで市村と田村にツッコまれた。
「ってか、公開処刑はもうやめてください。いや、やめてくれ」
俊春に怒鳴ってしまってから、はっとした。
『公開処刑』って。なんてこといってしまったんだ。
まだ近藤局長の斬首の傷が癒えていないいま、いまのはあまりにも無神経だった。
が、子どもらのおれをからかう声がおおきすぎて、ほかのみんなにはきこえなかったようだ。
俊春にはきこえていたっていうか、聴覚に障害のあるかれは、おれの口の形をよんだらしい。
めっちゃ呆れられた。
朝の活動がはじまっている時間帯であるにもかかわらず、町は人通りがほとんどない。
なんやかんやといいつつ、町のなかをあるいただけで「お姫様抱っこ」から解放された。
一応、黒歴史を刻まずにすんだ。
それはいいとして、これからさきはまだながい。
俊冬と俊春と話をしたいこと、ききたいことはたくさんある。
それらはまた、すこしずつやってゆけばいい。
そんなおれのプライベートなこと以上に、新撰組やそれにかかわる人々を、一人でもおおく助ける算段をしなければならない。
その方が優先事項であることは、いうまでもない。
そのなかには、当然のことながら副長もふくまれている。
もう二度と悲しい想いはごめんである。
野村や蟻通という仲間たちも助けたい。
史実をごまかすなり欺くなりしてでも、死の運命から助けたい。
もっとも、おれ一人だけではそんな神をも畏れぬだいそれたことは絶対にできない。
だが、おれには最高にして最強の親友たちがいる。
かれらとなら、できぬこともなしとげることができる。
これまでとおなじように。
決意をあらたにし、気合をいれなおした。
若松城にもどると、桑名少将が大手門のすぐちかくでまっていてくれた。ついでにといってはなんだが、大鳥もいる。
大鳥は副長の相貌をみると、自分の隊の様子をみてくるといって去っていった。
うーん、桑名少将の相手になっていたというよりかは、副長目当てだったのかもしれない。
大鳥は、マジで副長に惚れているんだろう。
その大鳥の小柄な背を見送ってから、あらためて桑名少将に視線をむけた。
眼前にたたずむ桑名少将は、ひかえめに表現しても憔悴しきっている感がぱねぇ。
まだあどけなさの残る相貌も体も、京で会ったとき以上にシャープになっている。
もしかすると、ホームグラウンドではない城で滞在したり、見ず知らずのおおくの人々と接したり対応したりするのにつかれているのかもしれない。
居心地が悪い、というのもあるだろう。
桑名少将は、おれたちが城内にはいってきたのに気がついた途端、一目散に駆けてきた。
そのうしろを、同行の桑名藩士たちがあわてて追いかけてくる。




