親父をこえるスキル
「主計の父上は、立派な漢なのだな」
島田は、涙と鼻水を垂れ流しまくりながら親父のことを称讃してくれた。
「ああ。ぽちたまにこれほど慕われ尊敬されるほどの漢だ。誠の漢にちがいない」
副長も絶賛してくれた。
「まさしく武士であるな」
「ぜひとも会いたかった」
「かような漢がいれば、副長とともに新撰組をひっぱってくれたであろうに」
「さよう。土方さんとはちがって、万事そつなくやりすごすだろう。しかも、すごい剣士らしいしな」
中島と尾関と尾形、それから蟻通もめっちゃほめてくれた。
もっとも、最後の蟻通のは、ストレートに副長をなじってもいたが。
副長の眉間に皺がむぎゅっとよったが、口にだしてはなにもいわなかった。
パワハラモラハラセクハラな上司ではあるが、こういうところでは空気をよんでくれる。
一瞬、近藤局長と副長と親父が肩を並べ、京の町を闊歩する姿が思い浮かんだ。
うっ……。
おれがおなじことをするより、よほど絵になるし違和感がない。
「なにゆえだ、主計。なにゆえ、かような偉大なる父であるにもかかわらず、子のおまえがかようになるのだ?」
いまの想像にへこんだタイミングで、場の空気をよまない、もといよめない男がなんかいってきた。
そんなKYは、もちろん斎藤一である。
「はい?」
ってきかれましても……。
「斎藤、あれだよあれ。親がすごいと子はたいていろくでもない。武将の子などもそうであろう?豊臣秀吉、武田信玄。ほかにもいるが、子はたいしたことがない」
「いえ、副長。たしかにそうかもしれません。秀吉の子の秀頼も信玄の子の勝頼も、家をぶっつぶしてますからね。しかし、いくらなんでもおれはそこまで……」
副長の比較の仕方に、思わずツッコんでしまった。
「それに斎藤先生、ひどすぎます。たしかに、親父は自慢の親父です。剣を握らせれば確実に相手を負かしていましたし、刑事としては切れ者で、刑事長としては人望があって判断力はピカ一で……」
親父自慢をしながら、自分が足許にもおよばないどころかレベルがちがいすぎることをあらためて思いしらされた。
たしかに、斎藤のいうとおりである。
なにゆえ、親父の子であるおれが、こんなにていたらくなんだ?
「なにをいってやがる。馬鹿馬鹿しい。親父がすごかろうがろくでもなかろうが、親父は親父。子は子。関係あるもんか」
松本は、おれの頭を拳で軽くたたきながら慰めてくれた。
松本の八男は、松本本松という回文の名を授けられることになる。もちろん、いまはまだ生まれていない。
その本松は、医学博士になる。
それだけでなく、教授やら耳鼻咽喉科のえらいさんやらを務めたり、議員、つまり政治家として活躍もする。
というわけで、偉大なる父松本良順を父にもつ本松も、そこそこに優秀なのである。
「法眼のいうとおりだよ、肇君。きみには、ミスター・ソウマにないものがある」
俊冬である。
「そうだよ、肇君。きみにしかないんだもの。それだけは、ミスター・ソウマもかなわない」
俊春である。
おおっ!おれにしかないもの?親父がおれにかなわないもの?
それはいったい……。
「お笑いといじられるセンス」
「お笑いといじられるセンス」
俊冬と俊春が同時に叫んだ。
すごすぎて感動の声がでないばかりか、なんのリアクションもできなかった。
「ミスター・ソウマは、しょーもないギャグなんていわなかったよ。そこは、ミスター・アラキの担当だったからね。それに、周囲から尊敬と信頼をされているから、けっしていじられることはなかった」
「肇君、きみはほんとにすごいよ」
ドヤ顔でいってきた俊冬。さらにドヤ顔で褒め称えてきた俊春に、一瞬、殺意が芽生えた。
もういい!
おれはおれで、いじられるのとムードメーカーとしてのスキルを磨きまくろうじゃないか。
あの世にいって、親父に「すごいな、肇。とてもわたしの息子とは思えない」ってほめてもらえるように……。
「でも、おかしな話ですよね?おれを護ってくれているのなら、なにゆえ率先しておれをいじったりいびったりいじめるんです?とくにたま、あなたです」
おおきな疑問をたたきつけてやった。事実である。
とくに俊冬は、餓鬼大将的にやりまくっている。
「It has nothing to do with this.」
俊冬は、しれっと英語で応じた。
「利三郎、覚えておくといい」
「アイ・アンダースタンド・イット!」
どうやら、駅前での留学講座がはじまったらしい。
「んん?いまのは、どういう意味かな?」
当然、好奇心旺盛な永遠の少年島田もしりたがる。
「島田先生、ただの屁理屈です。おれをいじったりするのとおれを護るっていうのは、関係がないらしいってことなだけです」
苦笑しつつ教えてやった。




