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すごい剣士

「そういえば、主計の親父さんはすごい剣士だったって?」

「そうです、斎藤先生。ミスター・ソウマは、誠の剣士であり、誠のおとこです。かれがいたからこそ、かれに出会ったからこそ、おれたちはここにいます。ここにいて、人間ひとの真似事ができています。かれがいなかったら、おれたちは獣の精神こころのまま、百五十年さきの未来で人間ひとを殺しまくっていたところでしょう」

「かようにすごいおとこだったんだな。なれど、死んだのではなかったのか?」


 みなが感心している。

 もちろんそれは、親父にたいしてである。


 蟻通の言葉に、俊冬は一つうなずいた。それから、おれに視線を向け、ささやいた。


「きみの慰めにはならないだろうけど、ミスター・ソウマの殉職にかかわり、きみ自身も重傷を負って刑事でかの職務を追われることになった元凶は……」


 そこでいったんかれの口がとじられた。が、すぐにまたそれがひらいた。


「おれたちが片付けた。興味があれば、話をする。なければ、話さない。いずれにせよ、それは後日だ。いまは、いいだろう?兎に角、それだけはさきに伝えておきたかった」


 正直、情報過多である。アップアップしていて、親父の仇が始末されたといわれたところで、実感がわかないどころではない。

 ってか、真実ってのがほとんどみえてこない。


 ぶっちゃけ、小説のネタバレをされたくらいの感覚しかもてないでいる。


「おれも、いまはまだ」


 だから、それだけ答えた。それだけで、俊冬には伝わったはずだ。


「すまない。やはり、いまはまだ伝えるべきではなかったね。それでなくっても、きみはきみ自身のことで混乱しまくっているんだから。しかし、落ち着いたらおれがいまいったことをかんがえてみてほしい。それから、そのさきをきくかきかないかを決めてくれればいい。いま本当に伝えなければならないのは、おれたちはミスター・ソウマにきみを護るということを約束したということだ。そのために、おれたちはここにいる。きみ自身と、きみが大切なものを護り抜くためにね」

「おれを?」

「ああ。おれたちは、ミスター・ソウマに多大な恩がある。きみを護り抜くことくらいでは、けっして返せないような多大な恩だ。それを果たしきるために、おれたちはもっている力を発揮しなければならない。さっきもいったとおり、そうするには憂いや気遣いを抱えていては果たせない。それらをなくしておかないとね」


 かれは、そういってから両肩をすくめた。


 気がつけば、左腰の「之定」の柄をなでていた。


 それは、相馬家に伝わる刀である。親父の形見、というわけである。


 そこで思いだした。


 以前、五兵衛新田の金子かねこ家に身を隠していたときである。そのちかくを流れる綾瀬川の河原で、副長と俊冬と俊春と剣や剣術の話をした。その際、「之定」で剣技をみせてほしいとねだったことがあった。


 もちろん、ねだった相手は、副長ではない。俊冬と俊春に、である。


 あのとき、「之定」を掌にした俊春もであるが、俊冬も様子がおかしかった。


 俊春は、こちらがひくほど号泣していた。


 俊冬曰く、「恩人の愛刀が「之定」だったから」ということだった。


 あのとき、かれは真実をいっていたのである。


 ただその恩人というのが親父のことだったなんて、想像の斜め上をいきすぎていただけだ。


 そこまで思いだしたら、さらに思いだした。


 餓鬼の時分ころに二人と出会ったあのちいさな公園でのことである。竹刀での勝負に俊春に負けた後、親父が「おれもやられたからな」といったっけ。

 

 あのとき、親父は俊春に負けたおれを慰めるために嘘をついていると思っていた。


 この二人が親父を負かすなんてことは、充分ありえるだろう。


「ミスター・ソウマと勝負をしたのはこいつ。おれは、ミスター・アラキと勝負をした。おれとミスター・アラキは竹刀で、こいつとミスター・ソウマは木刀でやったんだ。どちらもいい勝負だった。なあ、そうだったろう?」


 おれをよんだ俊冬が、俊春に声をかけた。俊春は、涙ぐんでいる。それでも、にっこり笑いつつおおきくうなずいた。


「ミスター・アラキ?刑事長でかちょうと?」

「そうだったね。かれは、きみの上司だったんだ。LA.(ロス)で会ったのは、ミスター・ソウマだけではない。ミスター・アラキとミス・ナカタも同行していたんだ。きみは、ミス・ナカタのことはしってるよね」


 たしか、中田穂希なかたほまれという名だ。警視庁の警視で、親父の元部下である。仕事ができるだけでなく、剣道の腕も相当なものだ。警察の大会に何年も連続して女子の部を制している、兎に角すっごい女性である。

 一度勝負をしたことがあるが、勝負にもならなかった。


「鬼薔薇」というニックネームがあるが、それはそんなすっごい彼女を的確にあらわしている。


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