俊冬と俊春の恩人
「法眼、申し訳ありません」
「いいってことよ。おれのはな、わざと剃ってるんだ。毛が抜けちまってはえてこねぇっていう、誠のはげじゃねぇからよ。気にもならねぇ。それに、江戸にいた時分はこいつらだけじゃなく、どの餓鬼にもそう呼ばれていた。そういや、ほかの餓鬼どもはどうしてるんだろうな?日野で元気にしていればいいが」
「ああ、くそっ!いい恥っさらしだ」
松本は、誠に寛大でユーモアのあるいい男である。
副長も、これには苦笑するしかないようだ。
さんざん笑った後、さきほどの話にもどった。
市村と田村には、副長が説明した。
子どもたちの反応は、大人と大差なかった。
「主計さんはどうでもいいけど、ぽちたま先生はやはりすごい人間だったのですね。すごく納得がいきます」
「主計さんって、変すぎるからフツーではないと思っていました。ぽちたま先生のことはすごいと思っていましたが、そのすごさよりもさらにすごいということなのですね」
訂正しよう。二人の反応は、大人より辛辣で非情である。
って二人とも、あまりにもひどすぎるじゃないか。
相馬主計って、どんだけかわっててフツーじゃなくって、どうでもいいって思われているんだ?
これならもう、ほかの隊士たちにはだまっていてほしくなってくる。
おれがどれだけ愛されまくっているのか……。
正直なところ、これ以上しりたいとは思わない。
この冷酷無比なまでの現実を、まのあたりにするほどおれは強くない。
もしかすると、悟りをひらくしかないのであろうか。
そんな境地にいたると、ほんのわずかラクになった気がする。
「まだ話はおわっていない。餓鬼ども、静かにきいていろ」
副長が、子どもらにそう命じた。
市村と田村は、このときばかりは素直にうなずいている。
「おれが一番疑問に思うこと、についてですよね?」
子どもらのおかげで、ショックは受けたが悟りをひらくことができた。そのせいで、ちょっぴりヨユーがでてきたようである。
ゆえに、俊冬にそう促すことができた。
「肇君、タメでいいよ。実際のところ、おれはきみとタメだし、こいつにいたっては年下だ。敬語をつかうべきは、こいつってわけだ」
「ちょっとまって。なにそれ?ずいぶんとエラソ-だよね。じゃあ『Yes sir. Sir, yes, sir.』って、つねに服従しろっていうわけ?」
俊春が、俊冬に噛みついた。
これまでもそうだが、かれの英語の発音はネイティブよりもきれいだ。
まぁ英語が第一言語なのだから、完璧なはずではあるが。
ってかそれだったら、これまでのおれの心のつぶやきは?言葉の意味がわからないっていっていたが、全部わかっていたわけだ。
「I 'm so sorry.」
俊春は、いまのおれの心のつぶやきもよんでいる。英語で謝ってきた。
もっとも、言葉だけでちっとも「ごめんなさい」って感じじゃないけど。
「おれたちは、子どもの時分はずっと戦場ですごしていたんだ。『9.11』以降からだけどね。中東やそれに関係のある場所で任務についていた」
俊冬が唐突に話しはじめた。
2001年9月11日、アメリカでおこった「同時多発テロ」のことである。
当時、あのすさまじい映像がテレビで何度もながれた。まだ子どもであったが、あの光景はいまでもはっきり残っているほど衝撃的すぎた。
「元凶を追い詰めた後、おれたちは戦場から解放された。お役ごめんだとばかりにね。大人のやりそうなことだと思わないかい?あとのおいしい一瞬は、自分たちでやって手柄にしようってわけだ。まぁそれは兎も角、それ以降は暗殺や要人警護やスパイ活動を中心に、危険な国の軍事活動の邪魔をしたり、さまざまなテロ組織のテロ活動を阻止したりした。いずれにせよ、世界各地の人間を、殺してまわったりいろんな破壊活動をやったわけだ。創作的に表現すれば、「修羅の世界に生きる」ってやつだね。そんなあるとき、おれたちはLA.である人物に出会った。その人物が、文字どおりおれたちをその世界から救ってくれたんだ。もちろん、それだけではない。日本人の精神、いや、武士の魂をみせてくれたってわけだ」
俊冬は雲一つない青い空をみあげてから、またつづけた。
「かれは危険で生意気な獣二匹を人間としてみ、接してくれた。そして、名を、人間の名前を授けてくれたんだ。ああ、そうだった。まだ本名を伝えていなかったね。おれもこいつも、つくられたばかりの時分は「実験体」と呼ばれていた。訓練が開始されてからは、コードネームが与えられた。おれが「Sleeping doragon」、通称SD。こいつが「Mad dog」、通称MD。俊冬と俊春は、その恩人たちからもらった大切な名前だ」
かれはまた、青空をみあげた。
そこにその恩人がいて、視線をあわせるかのように。
「ここまで話せば、いくらきみでもその恩人がだれだかわかるよね?」
ああ、俊冬。おれがいくら鈍感でも、だれだかわかるよ。
だが、その名をだせなかった。いや、いえなかった。
親父とこの二人が?そう思うと、なんともいえない気持ちでいっぱいになってしまったからだ。
「その恩人の名は、相馬龍彦。かれの父上です」
俊冬がそう告げたのは、おれにたいしてではなく副長たちにである。
副長をふくめみんなが、はっとした表情でおれに視線を向けてきた。




