おれを追放したら後悔することになりますよ
こうしてみてみると、俊春はずいぶんと子どもっぽく感じられる。
幕末で出会った時分の印象とは、まったくちがう。
五歳以上、いや七、八歳は若くみえる。
「ぼくらがコレラや結核になったことがあるといったのを、覚えているかい?」
かれは、相棒とみつめあいつつきいてきた。
「それは嘘じゃない。それだけじゃなく、MERSやエボラ等、兎に角いろんな伝染病に感染している。HIVに感染しなかったのが奇蹟的だね。科学者たちはぼくらを教訓にし、兼定はすくなくとも狂犬病や現代で確認されているほとんどのウイルスには感染しないよう、遺伝子操作されている。だから、狂犬病の心配はいらないっていってしまったわけだ」
「なるほど」
とりあえずは、そう答えるしかない。ってか、それしか答えられない。
「兼定はきみを護るとともに、きみがぼくらのことを思いださないようにする役目があったんだ。これもぼくらのスキルの一つなんだけど、きみが昔の夢をみるようなことがあれば、すぐに察知できる。かれ自身、あるいはぼくらが、きみが思いだすまでに暗示をかけて忘れさせていた。きみは、昔の夢をみたことすら覚えていないことになる」
「なるほど」
俊春の説明に、馬鹿みたいにおなじ言葉を繰り返してしまう。
「それで?おれが一番に疑問に思うことについて、とは?」
おれ自身のことなのに、めっちゃ第三者的にきいてしまった。
あまりにも現実味がなさすぎる。まるでTVやスクリーンやPCを通してこの場面を眺めているような、そんな錯覚を抱いてしまっている。
「ああ、そうだったね。きみが一番疑問に思うこととは……」
俊冬はそういいかけたが、口をとじてしまった。同時に、うしろを振り返った。
俊春と相棒も、同様に振り返っている。
つまり、まただれかがやってきたというわけだ。
「兼定ーっ!」
「ぽちたま先生っ!」
なんてこった。
丘をのぼってきたのは、市村と田村である。
子どもたちだけで、ここまでやってきたというのか?
この戦のまっただなかというのに、子どもたちだけでうろうろするなんて……。
大人たちは、かれらが城をでてゆくのに気がつかなかったのであろうか。
副長の機嫌が悪くなるじゃないか。
「いったいなんだ?餓鬼どもだけで、ここまでやってきたというのか、ええっ?」
案の定、副長が濃く深い皺を眉間にきざみつついった。
「あ、いえ。われわれが城をでる際、二人にみつかりまして。さる場所で軍議があるゆえ、城内でおとなしくまつようにときつくいいおいたのです」
中島が慌てて弁解した。
「あ、そうだったのですか?『ぽちたまと兼定と待ち合わせをしているのででかけてくる。ゆえに、おとなしく城にいるように』と、わたしもアテンションいたしました」
「利三郎。おまえ、なにゆえかようなことを申したのだ」
「えっ?島田先生、誠のことを申したまでです」
島田の呆れかえっている感満載の問いに、野村は「それがなにか?」的に応じた。
「利三郎っ!かようなことを申せば、二人はきたがるにきまっているだろう?それでなくとも、若松城下は危険なのだ」
野村は、尾形の「こいつは阿呆か?」っぽい口調のお咎めもなんのその、へらへら笑っている。それどころか体ごと子どもらの方へ向きなおり、掌を振りはじめた。
「だれかさんとは別の意味で手に負えぬ」
「はぁ?だれかさんって、だれのことなのです?」
副長がおおきな溜息とともに吐きだしたそのつぶやきを、きき逃すがすはずもない。
思わずツッコんでいた。
「なんだと?わざわざきくまでもなかろう。ったく、利三郎に主計。このコンビは、まとめてほかの時代に旅してもらいたいくらいだ」
「な、なんてことを。利三郎は兎も角、おれがいなくなったら、いったいだれがツッコミを入れるんです?それに、いじりいびりいじめる相手がいなくなってしまったら、みなさんストレスたまりまくりですよ。そうなれば、精神を病んだり、脳や心臓の血管がきれたり詰まったりする可能性があるんです。とんでもないことになりますよ。ねぇ、法眼?」
「主計、おれにきくんじゃねぇよ」
せっかく松本にふってみたのに、あっさりバッサリ拒否られてしまった。
って、もめている間に、田村と市村がこちらに駆けてきた。
かれらは雷を落とそうとまちかまえている副長の存在など、空気か透明人間かであるかのようにスルーし、あっという間に相棒と俊冬と俊春のまえにやってきた。
「兼定」
まずは市村が、それから田村が相棒にさっと抱きついた。そして、間髪入れずに市村は俊冬に、田村は俊春に抱きついた。
あ、あざとい。あざとすぎる。まるで、ツンデレにゃんこみたいである。
しかも、また背が、背が伸びている?
かれらの背がまた伸びているようにみえるのは、双眸の錯覚にちがいない。




