主計は愛されすぎ
「ええっ?副長、まさか。一物あるなどと、かようなことがあるわけがありませぬ。法眼が、副長の頭の血の筋が切れるとおっしゃいましたので。そのまえに話をしてもらわねば、と」
さすがは天然。
斎藤はさわやかな笑みをふりまきつつ、まったく悪気のないことを伝えた。
「わかった。もういい。すべてをあきらめた」
副長は、ついに悟りをひらいた。
「ったく、どいつもこいつもおれをいったいなんだと思っているんだ。やはりかっちゃんでなければ、この馬鹿どもをまとめることはできぬのか」
どうやら、副長は悟りをひらいたわけではなかったようだ。
つぶやきにしてはおおきすぎる副長のその愚痴に、斎藤が笑いだした。いや、斎藤だけではない。安富も野村も、ほかのみんなも笑っている。
松本まで、大笑いしている。
もちろん、俊冬と俊春、相棒とおれも笑ってしまった。
そして、ついに副長自身も笑いはじめた。
腹を抱え、思いっきりである。
この愉快な笑い声は、朝の陽の輝き同様に城下町にふりそそぐとともに、磐梯山にまで響き渡っていることであろう。
「それにしても、新撰組はあいかわらずじゃねぇか。近藤さんのことで士気が下がってるかと思っていたが、意外と元気なんで安心した」
ひとしきり笑ったあと、松本がしみじみっぽくつぶやいた。
「ええ。新撰組は、馬鹿ばっかりですから」
副長は、自慢げである。
「いついつまでもひきずっているほうが、かっちゃんに『いいかげんにしろ。あの世にいってまで、案じなければならぬのか』と、毎夜枕元に立ってどやされそうですからね」
「そいつはあるかもしれんな。近藤さんなら、枕元に立つどころか座り込んで説教しそうだ」
松本のいうとおりである。
近藤局長ならやりかねない。
そして、近藤局長なら、あの世で副長やみんなのことを心配しまくっているだろう。
近藤局長とは、そういう漢なのである。
「いまさらだが、こみいった話をするためにここに集まっているんだろう?大人げなくおしかけちまって、悪かったな。おれは、さきにもどるからよ」
松本は、副長の肩をたたいてから去ってゆこうとした。
「おまちください、法眼。あなたにも、きいていただきたいんです」
かれのがっしりした背に、思わずそういってひきとめていた。
「だがよう、おれも戦のことに関しちゃぁ、さすがにわからねぇからな」
かれはこちらをふりかえった。スキンヘッドの下の表情は、ずいぶんと困惑しているようにうかがえる。
「いえ、戦のことではないんです」
さらにいい募った。
「法眼、こいつのいうとおりです。あなたにはご迷惑でしょうが、おれたちはあなたのことを部外者だとは思っておりません。ゆえに、いまから話すことを、勘吾や登らとともにきいてください」
副長の言葉をきいた松本は、視線を副長とおれに交互に向けた。それから、掌を朝陽にかざすとスキンヘッドを音高く叩いた。
かれのごついがやさしい相貌に、照れた笑みが浮かんでいる。
「うれしいことをいってくれるじゃねぇか」
松本のリアクションに、副長もまた照れた笑みを浮かべる。
「おまえたちもきいてくれ。話っていうのはほかでもない。主計のことだ」
そしてついに、副長が衝撃的かつ感動的な「相馬主計」の正体を明かすときがきた。
はたして、その正体とは?
次週をおたのしみに!
ってことになるわけがない。
そんなにひっぱりまくって、「タイムスリップしてきた男」のことをフツーにうけとめられたら、赤っ恥どころの騒ぎじゃなくなってしまう。
「主計のこと?」
「なーんだ」
その瞬間、蟻通と尾関がいった。
「放逐されるのを、わざわざここで?」
「いかなる話かと不安であったが、主計のこととは……。不安になって損をした」
中島と尾形がいった。
「くだらぬ。かようなくだらぬことのために、みなの朝餉がおくれてしまった」
安富は、激おこである。軍靴で地を踏みならしている。
副長がたった一言、『主計のこと』って告げただけで、この反応って……。
いくらなんでも、ひどすぎやしないか?
あらためて、相馬主計の愛されっぷりを実感してしまった一瞬である。
「すごいではないか、主計。みな、おまえにたいして興奮しているぞ。うらやましいかぎりだ」
「って斎藤先生っ!興奮って、悪い意味で興奮しているんですよ。とくに安富先生は、おれが馬を虐殺してまわっているみたいに怒り狂っています。そこ、うらやましがるとこじゃありませんから」
斎藤のあまりにもKY発言に、ツッコむっていうか糾弾してしまった。
「まぁまぁ、主計」
訝し気な斎藤のまえで力説するおれのまえに、島田がなだめにきた。
さすがは気配り上手な島田である。完璧なフォローと慰めを、同時にやってくれるにちがいな……。
「才助だけではない。みな、それぞれにやりたいことややることがあるのだ。それを、おまえについての話に耳朶を傾けねばならぬ。貴重なときを奪うことになる。おまえのあげあしとりのために、これ以上ときを費やすべきではなかろう?」
「はぁ?島田先生、そこでもないですよね?」
し、島田まで……。
おれ、愛されすぎだぞ。
「主計、やかましいっ!しばし口唇をとじ、心をとざしていろ。馬の朝餉のために、才助に鞭でぶたれ殺されたくはなかろう」
「そ、それはそうですけど……」
副長に注意されたが、どうもなにかがちがう気がする感がぱねぇ。




