剣術と句作
浪士組として江戸から京へ上り、会津藩お預かりとなるまえ、おなじように会津候に招かれて上覧試合をおこなっている。
もちろんそれは、webや小説などから得た知識である。
当時は、新撰組創設の立役者の一人である芹澤鴨と、その一党がいた。
だが、上覧試合にでたのは、近藤派がほとんどである。
そのときには、副長もでたはずである。
記憶が正しければ、藤堂と第一試合をおこなった。
webでその情報をみたとき、さして驚きも意外にも思わなかった。むしろ、藤堂との一戦をみてみたいとすら思った。
が、こうして副長とともにすごし、いくどか戦いの場に立ってみると、あの情報はマジか?、と疑うとともに、意外だと思い直した。
上覧試合のことは、副長の日記がみつかり、それを郷土史の研究家かなにかが発表していたかと記憶している。
いくどもいうようだが、副長は弱くない。むしろ、強いのであろう。
だが、まがりなりにも一国の藩主であり、帝や将軍から寵愛を受けている会津候の御前でみせるだけの、剣術の技量があるのかどうか・・・。
「あの試合まで、伝わっているのか?」
局長に尋ねると、局長の下膨れのごつい相貌が、ぱっとあかるくなる。
「あれは、わが試衛館の恥だ。なぁ、歳?」
それから、局長はさもなんでもなさそうにいってのける。
「ああ?いったいだれが、あんなけちな試合のことを伝えやがったんだ?」
副長は、眉間に皺をよせて憤る。
もう間もなく、上覧試合がおこなわれる御影堂につくだろう。その立派な大殿がみえてきた。
敷き詰められた砂利をあゆみながら、副長に囁く。
「あなたですよ、副長。あなたの日記なるものが、遺っていたようです」
永倉と斎藤が、くすくす笑いだす。
二人は、その上覧試合で対戦した。
「くそっ!」
副長が、毒づく。
「忘れてた。上洛した当初は、郷里で援助してくれてる兄貴やらなんやらに、文や帳面をまめに送ってたんだった。ことこまかに、状況を記してな。そんなもの、遺してやがるとは・・・」
「まさか歳、句もそれに?」
局長が尋ねると、副長はさらに憤慨する。
「そんなわけねぇだろうが?句は、おれたちの活動とは関係ねぇ。あくまでも、おれ個人の趣味だ、趣味」
「平助とのあの試合は、あんたの句作とおなじくらいだったぜ、土方さん?」
永倉がいうと、原田がおおきく頷いた。
「ちがいねぇ」
そう同意してから、笑いだす。
「へー、土方さんは、句作をするがなが?さぞかし、素晴にかぁーらん句をつくるんにかぁーらんね?」
坂本はおれたちから離れ、額に掌をかざしては周囲を眺めていたが、おれたちにちかづき、尋ねる。
「やかましいっ!おめぇには関係ねぇ」
にべもなく吐き捨てる副長。
「照れのうてもいいぜよ」
坂本は気を悪くした様子もなく、おおきくて分厚い掌で、副長の背をばんばん叩いている。
副長は、句作のこととなると、なにゆえここまでむきになるのか?
まるで、餓鬼みたいである。
おかしくて、またふきだしてしまう。
からかったり笑ったりしてはいけない、と肝に銘じているにもかかわらず、副長のむきになる様子が可愛くて、ついつい我慢できなくなってしまう。
「まぁたしかに歳は、句も剣術もうまくはないな」
直球すぎる、局長の言。
ここまでストレートに放られると、かえってすがすがしい。
「あぁあの試合は、わが藩士たちのいい教訓になった」
田中は歩を止め、おれたちのほうへ向きなおる。
いまの言葉の意味を、副長も含めた全員がはかりかねているところに、「待っておったぞ」、と爽やかな声が飛んできた。
いつの間にか、会津候があらわれていた。