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すべて気のせいです

「斎藤先生。近藤局長は、無関心やみてみぬふりをされていたわけではありません。逆です。本来なら口だしの一つもしたいところを、局長という立場がそれを許さぬことも多々あります。それこそ局長の一言で大事おおごとになってしまえば、つぎにまつのは責任の所在や重大さです。それらを回避するためには、ぐっとがまんしてそしらぬふりをするしかないでしょう。ゆえに、近藤局長はそうされていたのです。それに、そういうことはすべて副長に任せさえすれば、円滑に事が運ぶことをご存知でいらっしゃいます。したがって、近藤局長はそのようにされていたわけです」


 俊冬がみるにみかね、口をさしはさんだ。


 かれのこういう機転も、以前のままである。

 さらにホッとした。


 それは、副長もおなじようである。

 一瞬、双眸を細めて俊冬をみつめた。が、すぐに「そのとおりである」を示すかのように、おおきく一つうなずいた。


「誠に、たまのいうとおりであろうか?近藤局長は面倒くさそうなことは、『スルー』というのであったかな、主計?兎に角見事なまでにスルーされていた気がするのだが……。であれば、副長は?副長は、いまや局長という立場だ。なれど副長は、いちいち手だし口だし、ついでに顔だしを過剰以上にされている。控えるどころか、以前よりひどくなっている気がするのであるが」

「斎藤?」


 副長が、斎藤の暴言に振りまわされているのをみるのはおもろすぎる。


 これはもはや、『カ・イ・カ・ン』である。


 ってか斎藤、あんたやっぱり近藤局長や副長にたいして、胸に一物どころか千物以上あるだろう?


「斎藤先生」


 俊冬が斎藤を呼んだ。

 かれの副長似のイケメンには、呆れかえったというよりかは『どんな暴言や悪口でもすべてを受けいれましょう』的な、神様の笑みが浮かんでいる。


「すべて気のせい。気・の・せ・い、です」


 俊冬はあっさりと結論をくだしたばかりか、強引にシメてしまった。

 

 シンプル以上の着地っぷりである。


「ふむ。気のせい、か」


 斎藤は、二度三度とおおきくうなずいている。


 ちょっとまて、斎藤。いまので納得するのか?


「副長、いまのうちにつづきを」


 俊冬は斎藤がうなずいているのを横目に、副長を急かした。

 

「もうだれもなにもいうなよ。それから、なにも思うなかんがえるな。とくに主計、無心でいろ」

「そ、そんな……。なにも思うなってムチャぶりな。それこそ、民主主義の精神に反して……」

「やかましいっ!兎に角、ききやがれ。おまえ自身のことだ。おまえのことを、隊士たちに告げたほうがいいんじゃないかとかんがえている。おまえはどうだ?」


 副長にいっきにまくしたてられ、その内容を理解するまでにしばしのときを要した。


「これからさき、死ぬやつも増えてくるのであろう?このまえの伊藤や菊地のように、そのつど理由をつけては遠ざけるのはいい。だが、遠ざけられる当人にとっては、怪我をしているわけでもなく落度があるわけでもなく、かような状況で突然遠ざけられれば不服に思うであろう。いま残っているのは、信頼のおける連中ばかりだ。真実を告げて信じる信じぬのは兎も角、必要もないのに他言したり伝えたりってことはないと、おれは信じている。わけのわからぬめいで前線からはずされるより、「おまえは死ぬことになっているから、此度は出陣せずに残っていろ」といったほうが、納得するはずだ。まぁ動揺はするであろうが。それで怖くなって逃げだすんなら、それはそれで仕方がない」


 副長は、そこでいったん言葉をきった。


 おれが反応しないのを確認してから、また口をひらく。


「無論、おまえしだいだ。いわないでくれっていうんなら、そうする。主計、おまえも怪しげな占い師だの予言師だのといわれるのも、不本意であろう」


 イケメンに、やさしい笑みが浮かんでいる。


 最後の怪しげな占い師や予言師ってところは別にしても、たしかに副長のいうとおりである。


 いっそ真実を告げ、そのうえで命令をだしてそれに従ってもらう方が、どちらにとってもやりやすいだろう。


 先日の伊藤や菊地も、わけのわからぬ命令で若松城に残留させられた。どちらもなんの異論もなく、それどころか理由すら問うこともなく命令に従ってくれた。だが、心のなかでは不服だったにちがいない。そして、「なんの落ち度もないのに、なにゆえ戦に参加できぬのだ?」って、へこんだかもしれない。


 おれのことを告げれば、そういう精神的なダメージはなくなる。が、そのかわりにちがう意味でのダメージをうけるかもしれない。


「おまえ、死ぬことになっているぞ。だから、此度は残れ」


 っていわれて、気持ちがいいわけはない。

 

 そんなふうに告げられたら、その場所にいることすら怖くなるだろうし、逃げだしたくもなるだろう。

 いや、いっそそれならまだいい。怖いのは、真逆の感情を抱くことである。つまり、へんに強がったり意地になり、「運命さだめに立ち向かってやる」と意気込んでしまうことである。


「わかりました。告げてください」


 しばし時間ときを費やした後、結局そう答えていた。


 ずっと悩んでいたことである。隠しているのはフェアじゃないとも思っていた。

 ゆえに副長に打診されて、そんなに悩む必要はなかった。


 これまで悩んでいたのも、告げる告げないではなかった気がする。

 他人事みたいであるが、告げるタイミングについて悩んでいたのかもしれない。


 自分のなかでは、告げることはきめていたと思う。


 だって、みんなから「主計、すっげー」って感心したり、感動してもらいたい。


 そんな気持ちも抱いているのだから。

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