武士の魂……
斎藤、それから永倉は、時代がかわっても剣士でありつづける。
たとえ刀をもつことができなくなったとしても。
廃刀令で刀をもてなくなろうと、あるいは加齢で肉体的にもてなくなろうと、両者の精神は剣士でありつづけるのである。
剣士以外、ありえないといってもいいかもしれない。
「斎藤先生。この戦がおわってしばらくすると、廃刀令がでます。つまり、刀を帯びることができなくなるのです。はやい話が、世の中から完全に武士を消してしまおうということです。ですが、警察官や軍人は別です。警察官や軍人は、勤務中や任務中であれば帯びることができます。あなたは、警察官になります。おれのもとの務めとおなじってわけです。それは兎も角、あなたは永倉先生よりかは刀に接することができるわけです」
「そういえば、刀がどうのっていっていたな。いやな世のなかになるってわけだな」
「ええ、副長。ですが、武士という身分がなくなり、世のなかはがらりとかわります。フツーに生活をするのに、刀は必要ありませんので。世をおさめる連中も、一般人にはできるだけ武器はもたせたくないというわけです。秀吉の刀狩令とおなじようなものですね。ただ、これからさきに施行される廃刀令は、あくまでも「帯びてはいけない」です。所持はゆるされます。ですから、袋にいれたり、肩に背負ってあるいたり、なんて人もでてくるらしいです」
おれの説明に、副長は苦笑した。
「いまのおれたちの敵が、かような世にするのであろう?敵は、てめぇ自身の頸をしめてるようなものだな」
副長の言葉に、斎藤が鼻をならした。
「武士は、腰に刀を帯びてこそ武士といえる。掌にもったり肩に担いだりなんてことはたんなるごまかしだ。誠の武士のすることではない」
斎藤は、そういってから苦笑とともにつけたす。
「右差しのわたしが申すのもなんだかな」
斎藤の自虐に、副長とともに苦笑してしまった。
「敵のおおくは順応してゆきます。ですが、反発する者もいます。そういった不平不満が、戦争をひきおこします」
「ああ、西南戦争だったか?西郷さんがかつぎだされる、というやつだな」
「そうです」
斎藤に、西南戦争の背景について簡単に説明した。ついでに、近藤局長の斬首のあと薩摩の蔵屋敷で世話になったことも。
永倉がいっていたっけ。
それは、薩摩の蔵屋敷で幕末四大人斬りの筆頭「人斬り半次郎」こと桐野利秋らと剣術をやった際である。
『このことをしったら、斎藤がくやしがるぞ』
たしか、そんな内容だった。
その推測はあたっていた。
斎藤は、地団駄踏んでくやしがったのである。
それは兎も角、すっかり話がズレてしまった。ズレまくったまま、おれたちは丘をのぼり、頂上にさしかかろうとしていた。
「いまやっていること、これからやること。どちらの側にとっても、なにが正解でなにが間違っているか、あるいはためになっているのかなっていないのか。わからぬよな」
副長が、額に掌をかざしつつつぶやいた。
その視線を追うと、頂上の向こう側に磐梯山が薄暗いながらも浮かび上がっている。日の出にはあとしばらくかかりそうだが、朝靄と薄明かりのなか、それはもう美しいまでにその威容を誇っている。
「おお、すごい」
おれの隣で、斎藤が称讃した。
そういえば、斎藤がここにくるのははじめてかもしれない。
「鉄や銀のお気に入りの場所ですよ。それから、白虎隊の隊士たちにとっても。かれらは、ときどきここにきては剣術の稽古をしているらしいです。もっとも、いまはそれどころじゃないでしょうけど」
「そうか……」
説明すると、斎藤は悲し気につぶやいた。
「主計。おれは、いまから仙台にいけばいいんだな」
唐突に、副長が確認してきた。
あいかわらず話がコロコロかわってしまう。
「ええ。そこで榎本艦長に会えるはずです」
「榎本さん、か……」
副長のおおきなため息に、相棒の尻尾の毛が揺れた。
そういえば、シャンプーどころかカットもしていない。
俊冬と俊春は、人間の頭髪のカットがうまい。相棒のもやってくれるかもしれない。
蝦夷にいって落ち着いたら、やってもらおう。
頭のなかに付箋をはっておく。
ってぜったいに忘れてしまうのは、いうまでもない。
やらなければならないことや買わなければならないことを、掌や手首に書いておいても、かなりの高確率で忘れていた。みなれすぎて、もはやそのメモ書きが体の一部になってしまうからである。
それは兎も角、大鳥同様副長のことを愛してやまない榎本は、「開陽丸」という艦で品川沖を脱出し、仙台にやってくるはずである。
すくなくとも、史実ではそうなっている。
「そして、榎本さんと二人で仙台城でおこなわれる軍議にでるんだな」
「はい。そこで、榎本艦長が副長を総督に推挙します」
「おいおい……」
副長がいいかけたところを、目線で制した。




