表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

97/1255

会津の家老

 家老の田中が驚くのも無理はない。


 それをいうなら、黒谷あいづにいるすべての会津藩士たちが驚いている。


 坂本は、控えめにいっても目立ちすぎる。


 まずはその背丈、である。まぁこれは、どうしようもない。

 木刀で叩けばちぢむ、というわけではないのだから。


 すれ違う藩士たちのほとんどが、坂本をみ上げて飛び上がらんばかりに驚く。それからすぐに、慌てて脇へどいてしまう。


 さらに、坂本は人懐こすぎる。


 あぁいや、愛想がいい?友好的?どうでもいいが、いちいち「ハロー」とか「ハイ!」とか、わざわざ英語で挨拶するのである。


 気の毒に・・・。

 純朴な会津藩士たちは、目を白黒させ、口をあんぐり開け、おれたちをみ送っている。


「やめろ。いいかげんにしてくれ」


 副長は、坂本に囁く。


「なぜなが?挨拶は、人間ひとの基本にかぁーらん?」


 坂本は、心底驚いたような表情を浮かべ、大声で囁き返す。大声で・・・。


 副長の眉間に、さらに皺がよる。


 笑うところではないのであろうが、笑ってしまった。

 もちろん、ひかえめにちいさく、である。すると、肩を並べている斎藤も笑った。もちろん、斎藤もにやにや笑い、である。みると、まえをあるく井上や永倉、原田の肩が震えている。そして、先頭をゆく局長、その隣の田中の肩もまた。


 田中は、案内役として出迎えてくれたのである。


「新撰組に、かようにおおきな隊士がおったとは・・・」


 その田中が、局長に尋ねているのがきこえてくる。


「はぁ新入りですが、腕が立ちますもので・・・」


 局長は、あらかじめきめていた筋書きを、局長自身のお気に入りである「三国志演義」の一節をよみきかせるかのようにいう。


 局長は、嘘がつくのが下手である。というよりかは、嘘が嫌いだから、上手くつけない。


 不意に、田中が歩を止め、くるりと振り向く。


 すぐうしろをあるいていた坂本は、きょろきょろと黒谷の様子を眺めていたものだから、田中に思いきりぶつかる。


 田中は、びくともしない。


 どっしりとした体格だけではない。武術の心得のある者特有の、下半身の安定感が微動だにさせぬのである。


「すみやーせん。気がつきやーせんやった。それにしたち、ここは静かできれえなげにどくれ」


 坂本は、指先でこめかみのあたりをかきつつ、田中をみ下ろしていう。


 ここには、阿弥陀堂や大方丈をはじめとし、伽藍や三重塔など文化財がたくさんある。みどころが満載、なのである。


 もちろん、それらは幕末いま、文化財ではない。


「土佐の言葉か?鯨海酔侯げいかいすいこうにお会いしたことがあるので、おぬしの言の葉もわかるぞ?」


 田中の言。さしもの坂本も、近眼のをみはって田中をみる。


 鯨海酔侯・・・。


 そうだ、酒を愛し、それをよく嗜んだ山内容堂やまうちようどうが、自身をそう称していたとウイキペディアに記載されている。


 山内容堂は、土佐の藩主にして幕末四賢候の一人。そして、坂本にとっては、自身ら下士の憎しみの対象であり、親友の武市半平太たけちはんぺいた岡田以蔵おかだいぞうを死に追いやった仇にあたる。


「どこかで会うたか?」


 無遠慮に、じろじろとみ上げる田中。


 坂本は、相手が一筋縄ではいかぬことを即座に悟ったのであろう、苦笑を浮かべる。


「会ったことはないはずやか」

「そうであろうのう・・・。土佐は、敵ではないが油断がならぬ。おぬしは、脱藩者であろう?」


 全員が、田中に注目する。


 ばれている。最初はなから、田中は気がついている。


「まぁよい。北辰一刀流の鶺鴒は、わが藩主も気に入られていらっしゃる。とくと、みせていただこう。さぁ、その藩主がおまちだ。参ろう」


 田中は、そういうとにっこり笑う。そして、無骨な掌で坂本の肩を一つ叩くと、またあるきだす。


 全員が、慌てて追いかける。


 さすがは、会津藩の家老。


 いろんな意味で、感心してしまう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ