斎藤、しゃべりスキルに覚醒する?
じっとみあげてくるそのつぶらな瞳に、わずかながら勇気をもらったような気がする。
そういえば、ついさっきはおれの腹の上にのっかっていたし、ちょっとはおれのことを認めてくれているってことなのであろうか。
相棒の突然のフレンドリーさにぶっ飛んでしまっていたが、さっきなにか夢をみていた気がする。
懐かしいような、それでいてミステリアスな……。
思いだせない。
まぁ、いいか。すくなくとも、いまはそんな夢を思いだしている場合ではないからな。
「あの、斎藤先生……」
だからこそ、気がくじけぬうちにそう呼びかけてみた。
斎藤は、あゆみをとめることなく横顔をこちらへ向けた。副長もまた、あゆむ速度をゆるめることなく、イケメンの右半分をこちらにみせつけてくる。
そして、二人が同時に横へずれて間をあけてくれたので、相棒とおれは自動的にその間にはいるしかない。
なんか、親密な二人の関係に無理矢理土足であがりこんでしまっているようで、ビミョーな気分に陥ってしまう。
「主計、新八さんにいわれなかったか?『気にするな』、とな」
右側から斎藤がいってきた。その相貌には、いつものようにさわやかな笑みが浮かんでいる。
かれのその表情は、思い悩んだ末に決断してそれを公表したことで、すっかり満足しきっているっていうふうにうかがえる。
それであったら、おれもまだわずかながらでも救いになるのだが。
「ええ、いくども。それでもやはり、おれが告げなければ、永倉先生も斎藤先生も、副長についていかれましたよね?」
ぜったいにそうしているはずである。ついでに、死ぬはずだった原田もついてきているはずなのだ。
とくに原田の死の原因は、新撰組から抜けて靖兵隊に入り、そこを抜けて江戸にもどったからである。
かれが最初から新撰組を抜けずにずっといっしょにいたのなら、それはそれで死を回避できたのかもしれない。
逆にいうと、たとえいま、戦じたいからはなれて丹波にいるとしても、心臓発作とか強盗とか敵にみつかるとか地震や火事とか、不慮の事故や病気や自然も含めた災難に見舞われるとか、死ぬなんてことがあるかもしれない。
なにが正解で確実か、なんてことはだれにもわからない。
斎藤はおれの問いをスルーするつもりなのか、あるいはこたえられないのか、兎に角だんまりをきめこんでいる。
「申し訳ありません。おれがいらぬことをいったばかりに、斎藤先生の本意ではないことを強いてしまいました」
「謝罪は必要ない」
かれは、ぴしゃりといった。再度、そちらへ視線を向けると、さわやかな笑みなどかけらもないかれの相貌が、こちらをむいている。
「主計。おまえに出会わなければ、否、おまえからわたしの将来をきかなかったとしても、わたしは会津に残る選択をした。それは、副長も同様だ。わたしが申さずとも、副長はわたしを残したはずだ」
「それは、おれに気をつかって……」
「まぁ、きいてくれ」
おれがいいかけたところを、かれにぴしゃりとさえぎられた。
「さきほども申したとおり、わたしは会津侯にも近藤局長や副長にも恩がある。うまく申せぬのだが、会津侯にはそれを返さねばならぬ気がするのだ。だが、近藤局長や副長には、なにかをして恩を返さずとも、わかってくれている気がしている」
かれは、そこで言葉をとめた。
おれの左側では、副長がずっとおしだまっている。
この意外すぎる立ち位置は、正直居心地がよくない。
土方歳三と斎藤一に相棒とおれがはさまれ、しゃべりの副長は一言も言葉を発しないし、さほどしゃべりではない斎藤がしゃべくりまくっている。
もしかして、斎藤は先日の白虎隊の隊士たちへの説得の際、俊春の腹話術の人形役なって以来、しゃべりスキルにでも覚醒してしまったのであろうか。
ってかんがえてしまうほど、かれの独壇場はつづく。
「主計、いまの意味がわかるか?否。きっとわかってはもらえぬであろうな」
かれは一応、おれに尋ねているようだ。が、どうやらおれの返答はいらないらしい。
「たがいに信頼しあっているというかなんというか……。いや、会津侯のことを信頼していないとか、会津侯から信頼されていないという意味ではないぞ。なんというか……。そう、恩を返すとか返さぬとかせずとも、心を許しあっている。これだ。まさしく、これなのだ」
かれは、そこでやっと着地したようだ。
なにゆえか、ホッとしてしまう。
『ちゃんと自分の気持ちを伝えられてよかったね』
いい子いい子しながら、かれをほめてあげたい。
「ゆえに、わたしは残りたいのだ。と申しても、おまえにはよく理解できぬであろうな。これは、副長とわたしとの間であるがゆえに成り立つのだから」
かれには、まだ主張したいことがあるみたいだ。




