おれがおれを見ている?
伝習隊は、ほかの大部屋で眠っているそうだ。
副長LOVEの大鳥も、今宵ばかりはさすがにつかれて眠っているという。
集まってきた隊士たちか、厩のまえにならんでいる。そのなかには、当然のことながら市村と田村、沢と久吉もいる。
副長は、全員を見渡しながら事情を説明した。
「斎藤と三番組に残ってもらうつもりだ。しかし、これは強制じゃない。三番組のなかで、もしもついてきたい者がいれば、ついてきてくれ。あるいは、三番組以外の者で、会津に残りたい者がいれば、残ってくれていい」
「三番組は、きかれるまでもあらしまへんで、副長はん」
副長が口をとじた途端、ソッコーで反応したのは、おれの「ソウル・フレンド」の大坂の伊藤である。その周囲にいる三番組の隊士たちは、「そうやそうや」って感じでおおきくうなずいている。
「悪いけど、わてらは斎藤組長はんあっての三番組やよって、斎藤組長はんが残らはるんやったら、副長はんについていくなんてことはあらへん」
きっぱりといいきってしまった。
斎藤はその伊藤の言葉に感動しているのか、さわやかな笑みをひっこめ、唇をぎゅっとひき結んでうつむいている。
「ならば、残りたい者は?」
副長も、斎藤の手下たちの反応はわかっていたのである。ゆえに、なにもいわずにそういった。
そして、残りたいという者はいない。
で、そうそうに解散となった。
朝は、寝坊してもいいということになった。動きつづけてきた、せめてものご褒美である。
俊冬と俊春が、会津侯を見送ってから再度物見にゆく。その結果次第では、半時(約一時間)でも一時(約二時間)でも、体を休めることができるかもしれない。
隊士たちは、それぞれの寝床へともどっていった。
とはいえ、布団はなく、一人当たりのスペースも狭すぎる。みな、体を丸めるようにして雑魚寝をするしかない。
それでも、地面の上に筵敷いたり、筵すらない状態で身を横たえるよりかはよほどマシであろう。
斎藤やおれとの話は、起きてからにするらしい。
おれたちも、とりあえずはひと眠りすることになった。
俊冬と俊春には申し訳ないが、もう立っているのも正直つらい。ってか、瞼をひらけているのも限界である。
それは、副長も同様のようである。
いつもだったら、書状を読んだり書いたりする副長なのに、このときばかりはめずらしくゴロンと横になると、ソッコーで鼾をかきはじめた。
イケメンでも鼾をかくのである。
「なぁ、肇。おまえにもどってきてもらいたいし、剣道でも活躍してもらいたいって思っている。その気持ちにかわりはないが、おまえ自身のことをかんがえると、やはりいまの環境のほうがいいのかもしれんな」
ある夜、刑事長が相棒に沢庵をやりながら、そうつぶやいた。
おれをみることなく、相棒のまえで両膝を折り、相棒の頭をなでつづけている刑事長の小ぶりの背は、いつにもましてさみし気にみえる。
「兼定が護ってくれる。なぁそうだろう、兼定?おれでは、護りきれない」
つづけられた言葉に、すくなからず動揺した。
おれが心臓のちかくを撃たれて死線をさまよったのは、なにも刑事長のせいではない。
おれがしくじったからである。
なにかいわねば、と口をひらきかけたとき、刑事長がつづけた。
「刑事長の仇は、あいつらがとってくれる。あいつらなら、ぜったいにやってくれる。そして、肇のことも護ってくれる」
そのささやき声は、おれにというよりかは刑事長が自分自身にいいきかせているようだ。
刑事長のいった刑事長とは、おれの親父のことにちがいない。
混乱しているおれにはなにもいわず、刑事長は、訓練所のボロボロのアルミ製の扉をひらけ、でていってしまった。
なにかがのっている。お、重い。体の上で、なにかが足踏みをしている感覚……?
はっとした。覚醒したっていっていい。
「ギャーッ!」
ちいさなおれが、おれをみている。叫んでから、おれをみているおれが、瞳のなかにいるおれだと気がついた。
京で薩長と幕府が開戦し、敗れて京から大坂へと逃げた。
そのときも、大坂城に逃げこんだ幕府側の兵卒がおおく、大坂城に収容しきれなかった。おれたちは、到着したのがおそかったためにあぶれてしまった。
ゆえに、八軒屋というところにある新撰組の大坂での定宿「京屋忠兵衛」という宿ですごすことになった。
とはいえ、大坂から江戸へ逃げる艦にのるまでの短期間である。
おれはそこの庭で、初代「豊玉」の馬面を抱いたまま寝落ちしてしまったのである。
双眸をさましたとき、「豊玉」の頭部がおれの胸と腹の上にのっかっていた。
それはまるで、あのギャング映画の名作「ゴッド・フ〇ーザー」で、ベッドに馬の頸が放りこまれていた、あの衝撃的なシーンのまんまであった。
もっとも、「豊玉」は頸だけじゃなかったし、おれは血まみれではなかったが。
いま、そのことを思いだしてしまった。
「あ、相棒?」
そして、おれの上にのっかっていたのは、馬ではなかった。
相棒である。仰向けのおれの上に器用にのっかって、おれの相貌をみおろしている。
おれをのぞきこむ相棒の瞳に、おれが映っていたのである。




