お別れはハグが当然でしょう?
「ハグでございます。ハ・グ。やはり、熱き抱擁でなくば」
「ハ、ハグ?」
「馬鹿なこといってんじゃねぇっ!」
島田のとんでもない提案に、会津侯は頓狂な声をあげ、副長は気色ばんだ。しかも、副長がそう怒鳴った相手は、なにゆえかおれである。
い、いえ、副長。おれが島田をそそのかしたわけではありません。
心のなかで叫ぶしかない。
「なにを無礼なことをいってやがる」
「ちょっ、おれはなにもいってませんよ」
副長は、さらにおれを怒鳴りちらした。
まったくもう。理不尽このうえないじゃないか。
「承知した。土方っ」
副長から理不尽すぎるパワハラをうけている間に、会津侯が副長の懐を脅かしていた。
副長がその一言で、会津侯へと体を向きなおった刹那のこと。
なんと、会津侯が副長をハグしたのである。
あまりにも衝撃すぎて、だれもが茫然としている。ハグされている副長も、完全にフリーズしてしまっている。
「土方、息災でな。けっして生きいそぐでないぞ」
なんか、すごいとしかいいようがない。
会津侯は、副長に抱きついたまま右耳にささやいた。
副長は、そこでようやくフリーズ状態から復旧したようである。
と同時に副長の両腕がはねあがったのは、大鳥にハグされたときと同様のリアクションであった。
つまり、副長は会津侯にハグし返すかどうかを迷っているわけだ。
が、その迷いの理由は、大鳥のときとはちがう。
会津侯は、まがりなりにも大国の藩主である。なにもかもずっと上の人である。その会津侯を、「マブダチ」か「連れ」に接するみたいにハグするなどということは、日本人の感覚からすればまずかんがえられない。
が、土方歳三はフツーの日本人でなければ、フツーのこの時代の人でもない。さらには、フツーの感覚をもっていないし、フツーの常識すらない。
だから結局、会津侯をハグし返した。
「会津侯も、けっして生きいそぎませぬよう。たとえなにがあろうと生き残り、会津やかかわる人々の真実を後世にお伝えください」
副長にも会津侯の将来を伝えている。ゆえに、副長の言葉は、心からそう願ってのことであろう。
真実を伝えてほしい……。
それはきっと、会津侯自身のことだけではなく、近藤局長のこともあるはずだ。
「ああ、そうしよう」
会津侯は、そう約束してから副長を解放した。
それから、会津侯は蟻通もハグし、斎藤のまえに立った。
「わたしは会津に残りますゆえ、お気持ちだけいただきます」
さすがは天然にしてKY、無遠慮、不躾な斎藤だけのことはある。さきほどとはうってかわったさわやかな笑みでもって、会津侯のハグをきっぱりはっきり拒否ってしまった。
会津に残ろうが残るまいが、「ここは場面的にもハグするところだろう?」ってところで平然と拒否るところといい、さわやかすぎる笑みといい、かれはいつものかれにもどっている。
そこは、ホッとした。
「ぐぐぐ……。く、苦しい。島田、やめよ。わたしを殺すつもりか?」
ほうら、いわんこっちゃない。
会津侯は、島田の燃え滾るベアハッグによって、暗殺っていうよりかは正々堂々と殺られかけている。
「やめないか、島田っ!」
副長と蟻通がひきはがしにかかったのは、いうまでもない。
という順番でハグされてゆき、とうとう残っているのはおれだけである。
俊冬と俊春は、送ってゆくのでハグはしないだろう。
「相馬」
会津侯は、ベアハッグに苦しみぬいた表情でおれのまえに立った。
心の準備をするっていうよりかは、ついついかまえてしまう。
会津侯といえば、知事、いや、閣僚クラスの人である。
いろんな意味でドキドキしてしまう。
って緊張しているところに、おれの眼前に差しだされた掌……。
はい?
お、おれだけ握手?
さきほどの副長へのハグ同様、ショックをうけてしまった。
「戯れだ」
そのつぶやきとともに、ハグされた。
ってか、おれってば会津侯にまでいじられてる?
さらにショックをうけてしまった。
「相馬。俊冬や俊春、兼定とともに土方と新撰組を頼むぞ」
耳にささやかれた。
そのささやきは、おれがいじられているかもってことよりもショックをあたえた。
会津侯は、混乱しているおれからはなれてしまった。
おれは、会津侯にハグしかえすことすらできなかった。
それどころか、俊冬と俊春とともに去ってゆく会津侯の背を、ただ呆然と見送るしかなかった。
去りぎわ、副長が俊冬と俊春になにやら話をしていることには気がついた。が、混乱しまくっていてヨユーがまったくなかったので、意識はすぐに自分自身にむいてしまった。
「斎藤、話はあとだ。すぐに全員を呼んでこい。話をしておかねばならない」
副長は会津侯を見送った後、すぐさま斎藤にそう命じた。
戦によるつかれで、とっくの昔に夢のなかである隊士もおおかったようである。ほとんどの者が眠い瞳をこすりながら、あるいは寝とぼけてふらふらしつつ厩に集まってきたのは、副長が命じてから十五分も経っていないころであった。




