もじもじからの大宣言
かーっ!残念。だめだ、笑いをとるのはやめておくべきであろう。
なぜなら、会津侯もこの戦を生き残り、不遇とはいえ明治期をすごす。明治二十六年に肺炎で死ぬのである。たしか、五十代後半の出来事であると記憶している。
『たしか相馬主計は新撰組の犬の散歩係で、パッとしない隊士だった。つまらぬ冗談やふざけた態度で、辟易させられたものだ』
そんな談話を残されでもしたら、関西人として恥ずべきことだ。せめて『おもろいやつ』認定してくれれば、捨て身でも全力でもお笑いを披露するのだが……。
会津侯は、生真面目すぎる。
正直、かれがガチなお笑いを理解できるとは思えない。
葛藤しすぎてどうにかなってしまいそうななかでも、斎藤はおれとはちがう意味で葛藤しているようだ。
迷いや逡巡といったところか。
それでなくっても時間がもったいないのに、ムダに時間がすぎていく。
斎藤だけを責めるつもりはない。斎藤が迷っているのなら、かれに名を呼ばれた副長が「なんの用だ?」って尋ね、うながすべきなのではなかろうか。
それをしないのってどうよ?っていいたい。
って本来なら、ここで副長ににらまれるか怒鳴られるか、あるいはその両方かって展開になり、そこから暴力に発展するはずだ。
が、副長は気味が悪いほどしずかにまっている。
それがまた、心をざわめかせる。
「その……」
斎藤が、またしてもいいだしにくそうにしている。
ってか、そんなにいいだしにくいんだったら、また日をあらためるとかしたらどうだろうか?
会津侯もきっとイライラしているだろう。
「副長っ!お許しをいただけるのでしたら、わたしは会津に残りたい。新撰組の、否、あなたと近藤局長にかわって、最後まで忠義を尽くしたい」
び、びっくりした。
それまでさんざんもじもじしていたくせに、突如立ち上がったかと思うと、拳を握りしめでかい声で主張したのである。
その思いもよらぬかれの態度に、副長も会津侯も双眸が点になってしまっている。もちろん、島田と蟻通もである。二人は唖然としている。
おれ自身も、口があんぐりあいてしまっていた。だから、あわててそれをとじなければならなかった。
充電してフルパワーになったかのような斎藤のアクションのせいで、かれの主張の内容は、まったく耳に入ってこなかった。
それで?かれはいったい、なんていったんだ?
俊冬と俊春、それから相棒をみると、かれらの相貌になんともいえぬ表情が浮かんでいることに気がついた。
相棒は、「くーん」と悲し気な声をだしている。
「副長。わたしは、剣をふるうくらいしか能がございません。銃すらろくに撃てないのですから。ましてや、戦術や戦略の類となれば、わたしにはさっぱりです。たまがもどってきてくれたのですから、副長もこれからさきはぽちたまや島田さん、勘吾さんたちに助けてもらえるはずです。わたしは、副長の側にいるよりかは、会津に残ったほうがあなたのお役に立てる気がします。わたしは、結局は会津で生命をかける命運なのです」
斎藤は、最後のところでこちらに視線を向けてきた。
会津で生命をかける命運……。
それは、おれが伝えた史実である。けっしてかれの命運でも義務でもない。
かれが自分から『残りたい』っていいだすとは、思ってもみなかった。
そこではじめて、この馬番の控え部屋にはいるまえ、かれが副長と会津侯とをしきりにみていたことを思いだした。
あのときに決意したのであろうか。
会津侯が自分のおかれている状況に耐えかね、相棒を抱きしめていたあのときである。
そして、その斎藤をみつめていた俊春は、はっとした表情になっていた。
そのとき、俊春はかれの決意をよんだにちがいない。
またしてもしくじってしまった。永倉や原田同様、斎藤も意に添わぬ形で新撰組から離れなければならなくなったのである。いや、それ以上に副長と別れなければならないのだ。
おれが史実を伝えたばかりに、斎藤も永倉も原田も死ぬような想いで史実に従うことになってしまった。
そして、副長である。
親友というよりかは兄といっても過言ではない近藤局長とは死に別れ、弟といってもいい沖田とは生き別れ状態である。それでなくても寂しく悲しい思いをしているのに、三人もの親友をほぼ同時期に失くしてしまうのである。
どれだけ傷ついているだろう。どれだけ喪失感に苛まれているだろう。
すべておれのせいである。だれがなんといおうと、おれの過失である。
「さいと……」
「斎藤、わたしや佐川に気をつかう必要はない」
副長が口をひらいて斎藤の名を呼ぼうとしたタイミングで、会津侯がそれにかぶせてしまった。




