斎藤がなにか言いたいみたい
「まずは、近藤のことだ。俊春から言伝はきいたであろう。誠に残念だ。無念きわまりない。わたし以上に土方、おぬしらはたまらぬであろう。首級のことは、俊春からきいておる。すでに信のおける僧に頼んでおるゆえ、届き次第供養する。それについては案ずるな」
「ご配慮、感謝いたします」
副長にならい、おれたちも頭をさげた。
「そこでだ、土方。すぐにでも会津を去るがいい。なにも申すな。これは、命じているのだ」
会津侯は、議論どころか異をさしはさむ余地もないほどのきついいい方でそういいきった。
「会津は、あとひと月ももたぬであろう。京の時分より尽力してくれたこと、あらためて礼を申す」
会津侯は、居並ぶ全員をみわたしてから頭をさげた。
「会津侯……」
「土方、なにも申すなと申したであろう?」
会津侯は、口をひらきかけた副長に釘をさしてから話をつづける。
「これも俊春からきいていると思うが、弟を連れていってはもらえぬか。役に立つとは思えぬが、もはや弟にはかえるべき場所も頼れる者もおらぬ。兄の意地につきあわせてしまったがゆえにな」
「無論、同道いただくのにやぶさかではございません」
副長は、ソッコーで了承した。すると、会津侯の相貌に、そうとみてとれるほど安堵の表情が浮かんだ。
「明日にでも、法眼とともに若松城にやる。弟には、わたしの名代として若松城を見舞わせるつもりだ。法眼には、傷病人をみてもらう。それで、その法眼のことであるが、できればかれも連れていってもらいたい。再三再四、会津より去るよう伝えておるのだが、あの偏屈はなかなか了承してくれぬのだ」
会津侯は、ちいさく吐息をついた。
「じつは、弟も了承してくれなんだが……。俊春がどうにか了承させてくれたのだ」
「無論、法眼もお連れするのはかまいませぬが……。江戸っ子は、こうときめたら他人の申すことなどききいれませぬゆえ」
「わたしには手に負えぬ」
会津侯が苦笑すると、おれたちも笑ってしまった。
「できれば、説得もしてほしい。法眼の力と腕は、会津よりおまえたちのほうがよほど必要とするであろうからな」
「承知いたしました」
そこで、しんと静まり返った。
ついさきほどまで、厩のほうから馬たちの「ブヒヒン」とか「ブルル」とか、あるいは藁を踏みつける音とかきこえていたが、いまはなにもきこえてこない。
副長が、斎藤と俊冬と俊春、それからおれをチラ見していることに気がついた。
そこではっと気がついた。
ここでさっさと去ることは簡単である。たしかに、新撰組は会津侯、っていうよりかは会津藩にたいして恩を返しきるだけの働きをし、成果や実績を充分あげたり残したりしている。
それでもやはり、心情的にはまだまだ足りない。
ゆえに、ほんのわずかの人数でも会津に残し、会津侯や会津のためになんらか役に立ちたい。
副長は、その想いを強くしているにちがいない。
斎藤のことは伝えてある。だから、斎藤を意識している。それから、俊冬と俊春も。かれらなら、斎藤以上の働きをする。戦後の処理にいたっても、うまくたちまわれる。斎藤よりも適任であることはいうまでもない。
しかし、斎藤は副長にとって懐刀であるとともに、唯一残っている仲間である。
試衛館時代からの大切な仲間なのである。
連れてゆきたいにきまっている。
ちなみに、おれをチラ見したのは、ただたんに史実を確認したかっただけである。けっして、腕や社交術を期待したり、ぜったいに連れてゆきたいって思っているわけではない。
って推測したら、なんか無性に悲しくなってきた。
そんなおれの悲哀というか情けなさというか、そんな微妙な感情のなかでも、副長はいろんなことを逡巡している。
おれのこんな感情などは、些末なことであろう。
「副長……」
唐突に沈黙をやぶったのは、斎藤である。
副長がはっとして呼ばれた方へと視線を向けると、斎藤は自分が呼んでおきながら視線をささくれだった畳へと向けてしまった。
先日、副長が斎藤の名を二度も呼んでおきながら、結局、「なにをいうのか忘れてしまった」ってテヘペロッてたのとは反対のバージョンである。
まさか、いまこのタイミングであのときの仕返しをするつもりだとか?
天然でKY的要素たっぷりの斎藤ならやりかねない。
「その……」
かれはささくれだった畳に穴をあけてしまうんじゃないかっていうほど、熱い視線を送りつつくちごもった。
視界の隅で、俊冬と俊春が居心地悪そうに身じろぎしている。
かれらのその様子は、みょうにおれの心をざわめかせてくれる。
それは、副長も同様である。斎藤を不安げな表情でみまもっている。
「副長……。あの……」
斎藤はいいだしにくそうである。
もしかすると、ここでまたおれの出番か?
かれの口からスムーズに言葉がでるよう、ギャグの一発や二発かまさねばらぬのか?




