待ち人と手配書
当日、黒谷のすぐちかくにある、甘味処の店に集まった。
正確には、坂本との待ち合わせである。
まさか、甘味処にいかなる手の者もいないであろう。
それが、おれたちの推測というよりかは、希望的観測である。
局長は、二条城に登城する際、下賜された騎馬をつかうが、黒谷には駕籠をつかう。
この日、局長は、そのどちらもつかわなかった。つまり、屯所からフツーに徒歩できた。
おれたちは、普段着ている着物に袴である。どうせ、試合をするのである。着飾る必要はない。
黒谷も、気にしないという。
甘味処にあらわれた坂本は、着古して擦りきれ、てかてかした桔梗紋入りの着物に袴、長靴という、いつものいでたちである。
店の引き戸を音を立てんばかりに開け、わずかに頭を下げてなかに入ってくる。右の掌は、例のごとく懐のうちにある。
坂本がやってきたとき、局長、副長、井上、永倉、原田、斎藤、山崎、島田、おれは、三つの卓にわかれて座し、注文したものを食したり呑んでいた。
「近藤さん、おひさしぶりやか。元気そうやき」
坂本は、懐手のままずかずかとやってきた。
日焼けした相貌に、人懐こい笑みが浮かんでいる。
新撰組に追われていたことなど一度もなかったかのような、そんな友好的なオーラが、全身からでている。
さしもの新撰組も、これには驚いた、というよりかは、戸惑った。
局長は、竹でつくられた楊枝であんころ餅を突き刺し、軽く咳払いする。
「あぁ久方ぶりだな、坂本君・・・」
再会をよろこんでいるんだとしたら、よほど感情をおさえている。
「土方さんも、あいかわらず男前やき」
坂本は、局長と副長とは卓をはさんだ向かいの椅子に、どかりと腰をおろす。
ハンサム・・・。
思わず、ふきだしそうになる。
坂本は、師の勝海舟から、英語をきいているのかもしれない。
「それ、うまいんなが?」
坂本は、副長のまえに置かれた手つかずの串団子を指さし、尋ねる。
「さあな。みてのとおり、まだ喰っちゃいねぇ。それと、最初の問いが、いい男だっていう意味なら、そのとおりだ」
眉間に皺をよせ、マジな表情で応じる副長。
微妙な緊張が、卓の間にたゆたう。
「「鬼の副長」、諧謔たっぷりやき」
坂本は長い腕を伸ばし、おおきくて分厚い掌で副長の肩をばんばんと叩く。
「坂本君、ときがない。さっそくだが、きみにはこの頭巾をかぶってでてもらう」
副長は、事務的にそう告げる。自身の袖の袂から布切れをとりだすと、それを卓上に置く。
時代劇にでてくる、目だし帽のような頭巾である。
「いやぜよ。こがなものかぶったら、剣術ができやーせん」
坂本は、頭巾を一顧だにせず拒否る。
坂本の声は、店のうちに轟きまくっている。300メートルさきに間者や密偵がいたとすれば、すぐに存在がばれるにちがいない。
「きみは、お尋ね者だった。手配書を、みたことがないのかね?いまからいくのは、京都所司代。いくら手配が無効になったとはいえ、所司代はあまりいい顔はしないであろう」
副長のいうことは、正論すぎる。
だが、坂本はまったく意に介さない。副長の肩を叩いたその掌を、つぎは手つかずの団子の皿へと伸ばす。それから、それを一本掴むと、口に入れる。
口からでてきた串には、団子が一つも残っていない。
「これのことなが?こがなもの、ちっとも似ちゃーせき。あしは、こがーに醜男じゃーないがで」
坂本は、皿に串をほおる。懐に入れている掌が、ゆっくりそこからあらわれる。
一瞬、拳銃かと、おれも含めただれもが警戒する
が、卓の上に置かれたのは、一枚の紙片である。
たたみ皺や、なにかわからぬ汚れやシミのついた、手配書である。
当人とはずいぶんとかけはなれた、人間の男かもしれぬものが描かれている。
「ちげーねぇ・・・」
永倉の囁き。
副長が、めずらしく笑声をあげる。
低く短いそれは、坂本にも伝わったらしい。
こうして、全員素顔で黒谷の門をくぐった。