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訪問者は……

 かなしいかな、おれの嗅覚は他人ひとよりちょっといいくらいかな?っていう程度である。だれなのかを判別できるほどの「スーパー・ノーズ」ではない。


 ゆえに、視覚から判別を試みてみた。


 はやい話が、双眸を細めてガン見してみるのである。


 時代劇まんまの編み笠をかぶっているので、相貌かおはまったくみえない。俊春よりかは高いが、背はさほど高くはない。この時代の平均身長よりかは若干高いかな、という程度である。それでも、百六十センチをすこしこえているかなってくらいであろう。 

 線が細い。着物に袴姿であるが、着物も袴も安物ではなさそうである。すくなくとも、そこいらの浪人や下級藩士では仕立てられない生地かもしれない。


 俊春にあわせ、必死に脚を動かしついてきているって感じがする。


 ふだんあまり運動しない人が、『急な用でいそぎ徒歩でやってこなければならなくなってしまった』っていうような、無理くりに両脚を動かしているとういう感じである。


 ぜったいに明日は筋肉痛だな。しかも全身である。


 そんないらぬことを、心配してしまう。


「副長、ぽちがもどりましたよ」


 厩に併設している馬番の控室に呼びかけると、副長と島田と斎藤、それから俊冬がでてきた。


 俊冬をのぞいては、わずかな時間ではあるが休息中ってわけである。そして俊冬は、新撰組うちが所持する銃の手入れをしていたのである。


 俊冬は、副長たちがその連れに気がつくまえに、すばやく地に片膝をついて控えた。


 そのタイミングで、俊春とその連れが、おれたちのまえにやってきた。

 

 俊春は歩をとめたと同時に体ごと脇へよけ、俊冬同様地に片膝をついて控える。


「副長、ただいまもどりました」


 副長は、怪訝な表情かおをしている。俊春は、その副長に相貌かおをわずかに伏せたまま告げた。


「おとめ申しあげましたが、公式にも非公式にも呼びよせて会う機会はないとおおせられまして……。お連れしたしだいでございます」


 え?


 副長だけではない。この場にいる全員がはっとした。ちょうど安富もでてきたので、かれもくわえてである。


 全員が、いっせいに片膝をついてひかえた。


「やめてくれ。目立ってしまう」


 俊春の連れ、すなわち会津侯は、おれたちに立つようにあわててうながした。


 厩ではあるが、城のほうからみえなくもない。たしかに全員がかしこまっていたら、たまたまみた人は「あれ?だれか偉い人がきているのか?」って不可思議に思うであろう。


 すばやく動いたのは俊冬である。かれは、さっと馬番の控え部屋にはいっていった。


 会津侯をむかえられるよう、体裁を整えるためにちがいない。


「会津……」


 やっとショックからさめた副長がいいかけたところに、会津侯は目深にかぶっている編み笠の下に指を一本立てて合図を送り、だまらせた。


 それから、掌をひらひらさせて控えるのをやめるよう合図を送る。


 そう命じられれば、従うしかない。全員がおずおずと立ち上がった。


「兼定っ」


 おれたちが立ち上がったのに、会津侯は片膝を地につけてしまった。厳密には、相棒のまえで片膝を地につけ、そのまま相棒に抱きついてしまった。


「京の黒谷で会って以来だな。元気そうだ」


 なんと、会津侯は相棒の頭部をひっしと抱きしめたではないか。編み笠の先端が、背中をつんつんと突きまくっているのもかまわず、相棒は甘えた声をだして抱擁をうけとめている。


 なんてうらやましい光景、ではなく、感動的なシーンなんだ。


 ちなみに、黒谷とは、京都守護職として会津藩が本陣としてつかっていた浄土宗大本山の金戒光明寺こんかいこうみょうじのことである。


 金戒光明寺は、知恩院ちおんいんとならぶ浄土宗の七大本山の一つであり、格式のたかい寺院なのである。


 京にいた際、その黒谷で相棒とおれは何度か会津侯と対面したことがある。


 会津侯と実弟の桑名少将は、ことのほか気に入ってくれたのである。それこそ、引き抜いて何万石もあたえてくれそうな勢いであった。


 あっ、もちろん引き抜きの対象者は、相棒のことである。おれ、ではない。


 編み笠の下にある相貌かおはみえない。しかし、一心に相棒の頭を抱きしめるその様子をみていると、泣いているんじゃないかとキュンときてしまう。


 自分自身のことだけではない。おおくの家臣、さらにおおくの領民たちの生命いのち将来さきのことがある。


 たった一人の人間ひとが背負うには、それらは巨大で重すぎる。


 おしつぶされてもおかしくないし、逃げだしてもおかしくない。


 会津侯は、性格上それができないのかもしれない。いくら藩祖の遺訓だといっても、ここまで依怙地にしたがう必要はないのだ。


 実際は、プレッシャーにおしつぶされかけている。逃げだしたがっている。かろうじて、踏みとどまっている。


 相棒の頭を抱きしめる会津侯をみ、そう実感した。


 それは、おれだけではない。この場にいる全員が感じているだろう。


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