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したたかすぎる野村利三郎

 いまの副長の怒鳴り声は、若松城内に響き渡ったらしい。城内から、かなりの人数が飛びだしてきた。

 周囲にいるほかの隊の兵士たちは、驚いてこちらをみている。


「なにをやってって、たまを歓迎しているんですよ」


 野村は、さもそれが当然であるかのように応じる。


 あそこまでいったら、「あっぱれじゃ」といってやりたくなる。


「歓迎だあ?どの面さげていってやがるっ」


 副長がさらにブチぎれた。


「そうですよね」


 野村は、じつに困ったような表情かおになっている。

 ご丁寧に、両掌を腰のあたりまで上げ、両肩をすくめ、欧米人風に心底困ってますというジェスチャーまで添えて。


 さすがは現代っ子バイリンガルの野村である。


「江戸でたまを殴ってしまいました。どの面さげてって申されても、仕方のないことをしてしまって……」


 それから、つづける。


 おい、マジかよ?


 心のなかでツッコんでしまったのは、いうまでもない。


「そこじゃねぇだろうが、ええっ!」


 副長は、とうとうヒステリーを起こした。


 島田と二人であわててとめにはいった。俊冬も同時に動いている。

 このままでは、おおぜいのみているまえでどんな事態になるかわからないからである。


 かさねて主張したい。


 野村よ。おまえはぜったいに死なない。

 海の上であろうと陸上であろうと、すくなくともこの戦ではなばなしく散る、なんてことはぜったいにない。



 あらためて、かれの要領のよさとずる賢さを思いしらされた出来事であった。


 ってか、かれがいないことにだれ一人気がつかなかったのも、どうよっていいたいのであるが……。


 

 若松城には、会津藩をはじめおおくの隊が集まっている。厳密には、各戦場から敗走し、逃げこんできている諸隊であふれかえっている。


 もはや、隊として機能していないところもおおい。


 ゆえに、ちゃんとした部屋があたえられることもなく、テキトーに居場所を確保するしかない。


 新撰組おれたちは、さきに若松城入りしていた伊藤や子どもらの部屋、といっても二十畳くらいの大部屋一つであるが、そこのみ確保できている。


 城外で筵を敷いて休んでいる隊よりかは、よほど幸運といえよう。


 そこに隊士たちの三分の二は雑魚寝することができる。残りは、白虎隊の隊士たちが自分たちの部屋を提供してくれた。厚意に甘え、残る三分の一がお邪魔することになった。


 そして、なにゆえか副長もふくめた幹部は、厩ですごすことになった。


 城の規模のわりには立派な厩である。しかも、馬を管理する馬番などが寝泊りするための畳の部屋がある。


 正直、城内の部屋に詰め込まれてすごすよりも、よほど快適にすごせそうである。


 ただ、安富の馬談義はウザいかもしれない。しかも、実物が側にいる。


「この馬はどうの」、「あの馬はこうの」と、一晩中きかされることまずまちがいない。


 もっとも、それもここ数日のことである。


 新撰組おれたちは、本来なら猪苗代に逃げるはずであった。そこから、滝沢にある本陣に移り、そのあとは天寧寺という寺へ。さらには塩川にいたって宿陣する。おそらく、そのあたりで斎藤ら三番組と別れることになるはずであった。


 もっとも、これは史実である。


 史実とはちがい、新撰組おれたちは猪苗代ではなく若松城にいる。すでにこのあたりで、じゃっかんかわってしまっている。


 副長は、史実では援軍を求めて本隊からはなれて大塩へ。そこからそのまま米沢に向かうのである。

 そこに、奥羽列藩同盟に参加している奥羽各藩が集まっているのである。



 糧食はかぎられている。

 籠城戦になることは、すでにだれもがしっている。

 そんななかで、喰いものをまわしてくれとか恵んでくれ、なんていえるわけがない。ましてや、「腹が減った。飯を喰わせろ」なんてタカビーなことも。


 自分たちの糧食ものですませるしかない。つまり、糒である。


 育ち盛りの市村や田村には申し訳ないが、戦時中である。だれもが我慢し、耐え忍ばねばならない。

 

 ありがたいことに、かれらもよく理解しているみたいである。文句の一つ、表情一つかえることなく、自分の分の糒を受け取り、ぽりぽりかじっている。


 相棒も気の毒である。人間ひとの都合につきあわせてしまっているのだから。

 せめて、沢庵でもあれば……。


 城内になくっても、近隣のお宅ならもしかすると沢庵を漬けているかもしれない。


 そんなことをぼーっとかんがえていると、物見にいっていた俊春がもどってきた。


 しかも、だれかを連れている。


 俊春は、副長がここにいることをだれかにきいたのか、それとも鼻で副長のさわやかな汗のにおいをキャッチしたのか、まっすぐ厩にやってきた。


 わずかな糒を一瞬で喰った相棒が、その俊春に気がついて尻尾を盛大にふりはじめた。

 まぁこれは、いつもの反応である。って、ほんのすこしだけジェラシーを感じていると、その狼面が連れのほうへと向けられた。

 刹那、尻尾がさらに盛大にふりふり状態になったではないか。


 ということは、相棒のしっている人ということになる。

 

 そのアクションは、親しい人であることを意味している。


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