長男と兄
『いらぬことを申すな』
副長のアイコンタクトは、そう告げているにちがいない。
いまのは、おれの失態である。
味方である大鳥に、おれのことを隠しとおす必要はない。が、いまは告げる必要はない。かれを混乱させるだけにちがいない。
もっとも、告げても信じるとはかぎらない。さらにいえば、今後告げるかどうかもわからない。
新撰組の隊士たちにすら、告げていないのである。
そういえば、今後、隊士たちに告げることになるのだろうか。
告げれば、みんな「相馬主計」が『未来からきたスッゲーやつ』ってすこしはみなおしてくれたりなんかするのだろうか。
それだったら、ぜひとも告げたくなってしまう。
「あ、いえ。ただなんとなくそう思ったのです。大鳥先生をみていますと、長子っぽい性格だなーなんて」
しどろもどろ感が半端ない。しかも、大鳥のウィキには「村医の息子として生まれた」程度のことしか記載されていなかったように思う。長男というのは、だれかのブログかweb上のほかの情報から得たものである。
そこには、たしかに長男と記載されているはずである。が、長男だからといって、当然のことながらかならずしも兄弟姉妹がいるとはかぎらない。
一人っ子でも長男だからである。おれのように。
「長子っぽい性格?」
おれのわざとらしい答えに、かれは小ぶりの相貌を右に倒した。
「もちろんいい意味でです、はい」
さらにわけのわからぬことをつけ足す。
きっとおれの相貌には、ひきつった笑みが浮かんでいるだろう。
「そのいい意味というのは、しっかり者で面倒見がよく、万事にそつなく機転が利いて、やさしく慈悲深く、だれからも愛され、わけへだてなくだれのことも愛すことができるってことかな?」
はい?
世のなかの長男が全員そうなのだったら、めっちゃいい男があふれかえっているはずだ。愛も満ち溢れまくっているだろう。
いくらなんでも、自分のことを褒めたたえすぎじゃないのか?
ということは、いまの大鳥の長男論はいきなり突き崩されたことになる。
おれによって……。
副長のにらみ具合が、さらにするどくなっている気がする。
俊冬と俊春は喧嘩を中断し、呆れかえった表情でこちらをみている。
「おれも一応、長子なんですけどね。ただ、一人っ子、もとい兄弟姉妹はいないのです」
おれの家族関係のことなど、一言もきかれてもいない。なのに、なにゆえか超プライベートなことを口走ってしまった。
「まっ、おれの場合は長子っていうよりかは「調子のり」ですけどね。あはははっ!」
さらに口走ってしまった。しかも、自分を貶める系の笑いをとってしまっている。
これだからもう関西人は……。
自分で自分をツッコまずにはいられない。
ってか、いまのすべったか?シラーっとした空気がわが身にまとわりついている。
「『すべってるやないかい。おもんなさすぎや』、と兄が申しておる」
全員の冷たすぎる視線のなか、やっとリアクションがあった。俊春である。
「兄?たま、なにも関西弁で思うことないでしょう?それに、ぽちにいわせなくっても、ご自身でいってください。真摯に受け止め、つぎはもっと笑えるネタにしますので」
そういってみたが、なんかちがうような気がする感がぱねぇ。
敵軍から逃げながら、みなを笑わせる努力をすることを宣言するか、フツー。
「兄?たまはたまだ。兄は、こっち。もうすこしすると、兄から父になる予定だ」
俊春がそういいながら指をさしたのは、相棒である。
だれかがふきだした。すると、「笑いは伝染する」の法則にもとづき、つぎつぎにふきだす。
ちっ……。完璧にかっさらわれてしまった。
俊春め、天然系のお笑いをかますなんて卑怯じゃないか。
ってか、そこじゃないよな。
ってか、そもそもなんの話をしていたんだっけ?
「いやー、ほんといいね。新撰組は居心地がよすぎる。いっそ、伝習隊といっしょにしようか。それとも、ぼくがうつってこようか?」
「どちらもおことわりする」
大鳥は上機嫌である。かれも、そもそもなんのことを話していたのか抜け落ちてしまっているようだ。
かれは手放しで新撰組を褒め称え、新撰組に加わりたいとまでいいだした。
が、副長はそれにたいしてソッコーでそれを拒否った。草すぎる。
まぁ、俊冬と俊春の喧嘩は回避できたようなので、そこはよかったということにしておく。
このあと、若松城に無事にもどることができた。
新撰組と伝習隊本隊も無事にもどっていた。
とっとと戦場から離脱した会津や二本松、仙台の各藩も、ちゃーんともどっているようだ。
嫌味などいうべきことではないが、ついついそういう目でみてしまう。
無事であることにこしたことはない。そもそも、逃げてもらう予定であったし、史実もそうなっている。
とはいえ、新撰組や伝習隊をおいて一目散に逃げてゆく、というのはどうなのであろうか。




