「石田散薬」
「いたたた・・・。あのー、山崎先生、お願いですからもうすこしやさしく・・・ぎゃー・・・」
この夜も、同室の野村は、子どもたちの部屋にうつってくれた。
今宵、斎藤を泊めるつもりだからである。
泊める、というのもおかしな話かもしれない。斎藤にとって、新撰組の屯所こそが家、なのである。
が、いまは違う。表向きは、御陵衛士である。ゆえに、早朝、みなが起きだすまえに、副長の隠れ家に戻ることになっている。
いま、自分の部屋に敷かれた自分の布団の上に、腹ばいになっている。
着物を腰までずらし、背中をみせて。
「あのなぁ、主計。悪いが、つぎからつぎへと傷や打ち身をこさえる患者は、けっしていい怪我人ではない。この意味、理解できるか?」
山崎は実家から取りよせた膏薬を、赤く腫れ上がった箇所に貼ってくれている。
いや、貼って、という表現は、やさしすぎる。
おれの背が、山崎の親の仇でもあるかのように、「ぱんっ!」と音高く叩きつけてゆくのである。
「もっとやさしく・・・。やさしく、ね?」
自棄気味で、覚えたばかりのBL系のテクニックをつかってみる。
「わたしは、おねぇに興味はない。したがって、「やさしくしてぇ」などと、おねぇ言葉など、通用せぬ」
山崎は、おねぇ言葉のところでしなをつくる。
それにしても、山崎はうますぎる。
これはなにも、山崎が監察方だから、というだけではぜったいにないはず。
「なんなのです、おねぇって?」
おれをはさみ、山崎の向かい側に座している斎藤がきいてくる。
そうだ、斎藤はしらないのである。
山崎が、ソッコー説明する。
説明がおわる頃には、おれの赤く腫れ上がったところはすべて、山崎の膏薬に覆われていた。
さきほどの練習で、まず永倉に、ついで斎藤に、そして、最後に局長に、さんざん打ちすえられた。
三人とも、手加減してくれたのであろう。骨が折れたり、肉が斬れたりということはなかったものの、体中が赤く腫れ上がってしまった。
その治療を、山崎がしてくれている。
局長は、永倉や斎藤とも稽古したが、二人はわたりあっていた。
永倉と斎藤の組み合わせも、同様である。
つまり、おれだけが、ぼろきれのようになる未熟者、というわけである。
またしても、へこんでしまう。
局長は、文句なしにすごい。さすがは、養子に乞われ、継いだだけはある。才能だけではない。たゆまない努力と鍛錬、これらが局長をここまで強くしたに違いない。
斎藤もまた、巧緻な剣を遣う。じつにあざやかな剣である。この意味、わかるであろうか?
後の先でありながら、まったくよむことができない。それどころか、よもうという間もなく打たれてしまう。
神速かつ大胆。これが、暗殺に従事する者の剣なのであろうか?
それとも、手の内はみせなかったのか・・・。
「石田散薬。これこそが、打ち身にはよく効く・・・」
「斎藤先生、滅多なことを申すな」
山崎は、斎藤の言葉にかぶせる。そして、自分の治療道具を片付けながら、つづける。
「あんなものをつかったら、治るものも悪化してしまう」
道具箱のふたを、音高くとじる。
「くーん」
庭で、相棒が甘えた声で鳴く。
その瞬間・・・。
「おい、これをつかえ」
なんと、副長が、おれの部屋に入ってきたではないか。
「おれの実家の秘伝の薬、「石田散薬」だ。これを、酒で呑み下すとよく効く」
室内に満ちた沈黙は、かなりの苦痛を伴う。
「くーん」
相棒よ。このタイミングで甘えた鳴き声をだすのは、反則だと思うぞ?
まるで、副長の言葉を、肯定しているみたいじゃないか?